藪蛇
こんこんと、ノックの音が響く。
無言のまま扉を開ければ特異点が立っていて。
「もうすぐ島に着くからさ、よかったら降りてみない?」
問う声は控えめだ。
サンダルフォンがグランサイファーに搭乗してからしばらく経つが、指示される以外は部屋にこもりきりなことを気遣っているらしい。
「それは命令か、特異点」
低い声に、困ったように眉を寄せた。
「気分転換だよ。というか艇の点検があるから、残ってると騒がしいと思うんだ」
「わかった、降りておく」
「そっか、じゃあビィたちと出かけるから一緒に」
「それは遠慮しておこう」
しょげた顔から逃れるように扉を閉める。
ほんの少し間をおいて、気配は遠ざかっていった。
それでいい、とため息を吐き出す。
艇に乗ったが、馴れ馴れしくするつもりはなかった。
サンダルフォンの罪が消えることはないのだから。
しばらくして着いた島は大きく、街は賑わっており人が多い。
声をかけられる前に艇を降り、サンダルフォンはフードをかぶった。
時間をつぶせる場所を求め、人に紛れて移動する。
災厄の話はまだ、語られていた。
脚色された結果今の姿とは違うが、人の目に触れるのは躊躇われた。
そして、監視の一人ぐらい付いてきそうだと思ったが、誰もいないらしい。
信頼というよりは、危機感が足りないのではないか。
警戒している者はいただろうに。
随分大きな騎空団らしいが、それで大丈夫なのか。
自分が心配する事ではないと思いつつも、どうにも気になってしまう。
艇に戻ったら一度忠告した方がいいかもしれない。
そこまで考えるが、そんなことを教える義理はないと思い直し、空いた店はないかと視線を巡らせて。
黒いシルエットが視界に入る。
一瞬、理解できなかった。
こんな場所にいるわけがないと。
周りよりも幾分背の高い男が、人波の向こうへと消えていく。
「まっ……」
うっかり漏れそうになった声を抑える。
近くの人が振り返るが、気にする余裕もなく慌てて速度を上げた。
誰かを呼ぶなど、思いつきもしない。
男は店先で声をかけたり、かけられたりと足取りは速くない。
すぐに追いつき、気付かれないよう距離を保つ。
今すぐにでも攻撃してしまいたい。
ぎり、と拳をきつく握った。
男、ベリアルは。
店で顔馴染みのようなやりとりを繰り返した。
その慣れた姿から、この島を拠点にしているのかもしれない。
向かう先に迷いがないように見える。
辺りは賑わう商店から、住宅らしい建物が多くなっていく。
人通りを外れ、静かな道に男の足音が響いた。
これ以上近付けば気付かれるかもしれない。
不安がよぎりながらも路地を曲がると、男の姿は無かった。
「……どこへ行った?」
視界を広げるためフードを外し辺りを見回す。
気配はいつも巧妙に隠れている。
進むべきか、引き返すべきか。
悩んだのは一瞬で、すぐに足を踏み出そうとした。
しかし、その一歩は進まない。
爪先から、不気味な気配が絡みつくみたいに。
背後から腕が回り、サンダルフォンの動きを封じた。
「オレを追いかけてきてくれたのかい?嬉しいねぇ」
口を塞ぐ手のひらは冷たい。
咄嗟に拳に力を込めるが。
「こんなところで暴れたら、キミはまたどれだけの人を傷つけるのかな?」
ひっそりと耳元に声が落ちる。
肩が震え、高ぶった感情がすぐさま冷える。
宥めるように、サンダルフォンの手を撫でた。
「イイコだ」
耳に唇が触れ、総毛立つ。
ピリ、と皮膚に痛みが走った。
「立ち話もなんだから、オレの部屋に招待しようか」
腰を抱く腕に促され、ふらつく体は簡単に引き寄せられてしまう。
先ほどの言葉が耳から離れない。
近くの宿へと向かう間も、回避する術を見つけられない。
「ようこそ、天司長様」
そう言って開けられた扉の先、何の変哲もない一室が現れる。
まるで、ただの日常のように。
「ワインでいいかな?あぁ、珈琲は生憎切らしていてね。おっと、そんな睨まないでくれよ」
窓際の椅子に腰掛けさせられ、男は喋りながら目の前のグラスにワインを注いだ。
「そうだな、乾杯はキミとの再会に」
グラスのぶつかる軽い音が響く。
一口含み、満足そうに笑う。
「悪くないよ。ほら、飲んでみるといい」
促されるが見返すだけで、サンダルフォンはグラスに手を伸ばさない。
「フフ、大人しいじゃないか。あぁ、もしかしてまだ力が安定していない?」
コントロールが難しいのかな、と軽く言い、中身を飲み干した。
「何が目的だ」
サンダルフォンにとってベリアルは殲滅したい対象だ。
潰すならば全力でぶつからないといけない。
そうなればこの街が一つ飛ぶ可能性もある。
冷静に考えれば、そんなことがあってはいけない。
しかしベリアルにとっては違うだろう。
目的が世界の終焉ならば、今ここで何が起きようと些末なことだ。
そして、サンダルフォンの存在が驚異にならないと思っている。
「姿を現したのはわざとか」
あのとき、罠だとわかっていても。
きっと足を止めることはなかった。
「フフフ、そりゃオレだって疲れもするさ、わかるだろう?キミたちがこの島に来るなんて、ツイてないな」
欠片も本心でない言葉に舌打ちする。
先ほど指摘された通り、力も不安定だった。
逃げるという選択が浮かぶが、簡単なことではない。
堕天司にとって特異点を探すことなど造作もないことだ。
共にいるサンダルフォンのことも。
姿を見せ、ここまで連れてきた理由は何なのか。
「空の民は脆くていけない。大丈夫、キミがちょっと相手をしてくれたら帰してあげるよ」
向けられた手が、そっと頬を撫でた。
相手に隙がなければ、攻撃はかわされてしまうだろう。
しかし男が簡単に隙を見せるわけもない。
真正面からぶつかるのは分が悪い、そんな不甲斐なさが悔しい。
身構えていると男が屈み、唇が触れた。
慣れないワインの味に眉を寄せる。
行為の意味が理解できなかった。
「アレ、意外と抵抗しないね」
口付けを解いて男が笑う。
「残念」
そんなこと少しも思っていないような口調で言い、サンダルフォンの手を引く。
導かれたベッドは、嫌味なほど整えられている。
男の手が肩に触れると鎧の元素が分解され、ぱちりと音を立て外された。
全て消してしまわないのかと、その手元をぼんやり眺める。
ごとりと、鎧が床に落ち音を立てた。
「あぁ、キミの目標は生きて帰ることか。それは賢明な判断だ」
手際よく進められ、上半身はインナーのみになった。
肩を押されベッドに転がれば、男が腰の上にまたがる。
胸の辺りまでインナーをめくり、肌に手のひらが張りついた。
そこでようやく、嬲ることが目的かと思い至る。
憂さ晴らしか何か、定かではないけれど。
大丈夫、耐えればいいだけだ。
ずっと、あの頃から。
研究所の奥も、この二千年の歳月も。
それに比べれば些細なことだ。
耐えればいい、相手に隙ができるその瞬間まで。
「へぇ」
「っ」
腹から胸まで、広い面を使うように撫でられる。
体温に差があるのか、ひんやりと冷たい。
「手触りは悪くない」
幾度か往復し、胸を揉む。
確かめるように動いていく。
その感覚に戸惑った。
鎧を剝がされ、無防備に敵の前に転がっていることも。
「感度も良さそうだ」
指の腹が、胸の突起を押し潰す。
言葉に誘われるように視線を向ければ、色味が増しているように思えた。
サンダルフォンはそもそも自身の肉体に興味がない。
ヒューマンの男性体に似せた作りという程度の認識しかなかった。
触れられただけで、こんな反応を返すものなのか。
芯を持ったそこを、指が執拗にいじる。
むず痒いような気分になり、漏れかかった声を唇を噛んで耐えた。
そんな反応に何も言わず、指の動きは止まらない。
気を抜けば、高い声を上げてしまいそうになる。
ぎゅ、とシーツを握って天井に向けた視線を彷徨わせた。
気を紛らわそうとする度、与えられる力が強くなる。
「っん」
息を飲み込もうとして、声が漏れた。
情けなさに体が熱を帯びる。
恥ずかしい、消えてしまいたい。
「サンディ」
軽く呼び、指が唇に触れるとざらりとした。
不思議に思い視線を向ければ、ぼんやりと白く見える。
近すぎて焦点が合わない。
するすると流れるように頬を撫でていく。
今度は滑らかで心地よかった。
「わかる?」
目の前に翳されたその手は、指先が蛇の鱗のような凹凸を持っていた。
自身も、そしてこの男もヒューマンではない。
いつの間に変化させていたのか。
「まぁ、オレも色々実験とかあったしねぇ」
耳をくすぐり、首から胸へと辿っていく。
散々いじられた突起をきゅっとつままれた。
「ぇ、ぁっ……?」
鱗の流れに沿っていると滑らかで、逆に動けばざらりとする。
爪とは違う細かな刺激に声が漏れる。
「ぁっ、んんっ」
「こんなの人前じゃ見せられないだろ?」
「っぁ、やぁっ……」
堪らえようと思うのに、一度出てしまうと止められない。
逃れようと藻掻けば更に強く押さえられてしまう。
「ん、っふぅ」
「イイね、サンディ。もっと聞かせてくれるかな」
唇を舐める、赤い舌が覗いた。
触れられただけで跳ねる肉体が、己のものとは思えない。
荒くなっていく呼吸はまるで戦闘でもしているみたいだ。
本当に、躊躇いなく攻撃できればよかったのに。
思考を捨てるように天井を眺めていると、鎧の外れる音がし、下半身が軽くなる。
腰周りだけで、太ももから下は残される。
その中途半端さを不思議に思う間もなかった。
「っう、ぁあ」
柔らかな肌を鱗が撫でていく。
「よかった、ちゃんと反応してる」
指に性器を掴まれ、強い刺激に体が強張った。
ゆるゆると上下すれば、鱗が皮膚にひっかかる。
「なっ、なにを……」
「もしかして初めて?それは光栄だな」
自分の肉体が、未知の感覚に飲まれていく。
知識はあるが、どこか他人事に思っていた。
その変化が恐ろしい。
「気持ちよければ勃起するよ、天司だって」
「ぁっ……」
固くなった性器を指が扱く。
張り詰めたそれが痛い気がする。
「もちろん射精もできる。まぁ、妊娠はさせられないけどね」
軽い言葉に、濡れた音が重なる。
「ヒューマンと姦淫して、子供が生まれたら怖いだろう?」
ぬめった感触が気持ちが悪い。
「それにしても無毛とは、随分趣味がいい」
「っは、ぁ……」
「苦しいかな?イキたい?」
そそのかす声に、きゅっと 唇を噛んだ。
それでも堪えきれない吐息が漏れてしまう。
込める力は弱いはずなのに、痺れるように強烈だった。
「あぁ、初めては気持ちよくイキたいだろう?我慢しなくていいんだよ」
甘やかな声で誘い、敏感な先端を擦る。
全身が熱くなり、目の前が明滅した。
「っぅ、ぁぁぁあっ」
男の手に白濁を吐き出した開放感の後、体の力が抜けた。
起き上がるのも億劫に思える。
「へぇ、無味無臭か」
感心したように呟き、閉じかけた足を大きく開いた。
満足に動かない体はされるがままになる。
「ぁ、あ、なに……」
体液を絡めた指が後孔をくすぐっていく。
「っぅ、んん」
体内に異物が入り込む。
指の大きさなどたかが知れているのに、それを肉体が拒否しているのがわかる。
異常事態だ。
そんな抵抗など意に介さず、指は侵入してくる。
「やめ、ろ……!」
「はは、おかしなことを言うね。これで終わるわけないだろう?」
指が抜けていくと、粘膜に鱗がひっかかる。
その刺激の強さにぎゅっと締め付け、余計に感じてしまう。
そしてまた指は深く埋まり、ゆっくりと抜けていく。
「ん、っあ、ああぁぁぁ」
「アハハ、そんなにイイ?」
いつの間にか体内に埋まる指が増えていた。
体を暴かれ、与えられる刺激に脳が麻痺していく。
神経回路が焼ききれそうなほどに。
「なぁ、今から何をするかわかってる?」
「は、ぁ……?」
ぼんやりと見えげていた天井から視線を移す。
太ももを濡れた指が撫でていった。
「オレと姦淫するんだよ?」
薄っすらと笑う唇が告げる。
「空の民なら愛の営みか、陳腐だね」
ヒューマンの行為が、星晶獣に当てはまるわけもない。
言葉にするならば代償だとか、生贄のような意味ではないか。
他の誰かに害が及ぶより、サンダルフォンが耐えればいいだけ。
ただそれだけのはずなのに。
「ハハ、オレとキミに愛はあるのかな?」
思ってもいないことを口にして、服を脱いでいく。
男の肌は肘の辺りまで鱗に変質しいた。
全て脱ぎ終えると、サンダルフォンは手を引かれて。
「コレがキミの中に入るんだよ」
触れたそれは、自分のものより大きい。
腹に突くほど反り返り、その表面が。
「特別仕様さ、気に入ってくれると嬉しいよ」
手を動かされ、上に撫でればザラリとした感触に震える。
とろりと溢れた液体が手のひらを汚した。
「や、無理、無理だ」
指で擦られただけで耐え難い刺激を与えられたのに、こんなものが入ってくるとどうなるのか。
「無理じゃないだろう、さっきあんなに感じていたじゃないか」
「違う」
「違わないよ、ほら」
散々いじられたそこへ先端が触れた。
「ぁ、や……」
逃げようとした体は簡単に抑え込まれる。
ぐぅ、と圧がかかり口を開く。
侵入したそれは途中で止まることなく、ずるずると根本まで収まる。
指よりももっと奥まで。
「は、ぁ」
少し動くだけで鱗の凹凸が襞をひっかいた。
「ぁ、あ、やめ、めくれ……」
「そう?じゃあこのままでいようか」
ごつ、と腹の奥を叩くみたいに深く交わる。
「っひ、ぁぁぁ」
普通の人間ならば壊れてしまうだろうか。
頑丈に作られていることを理解した。
「中がうねってるね、入れただけじゃ不満かな」
「ぁっ、う」
ほんの少し腰を引いただけで、ビリビリと痺れるような刺激がある。
収縮すればより強く感じてしまう。
「嫌だ、も……や……」
「何が嫌?」
そっと腹を撫でる。
「慣れてもらわないと困るよ、キミとはもっと遊びたいから」
そこに入り込んだものを意識してしまう。
「気持ちいい、って。早く認めなよサンディ」
限界まで開かれ、受け入れて。
ひりつく痛みがあるのに肉体は快楽の反応を示す。
「違う」
「キミが目指す清廉潔白な天司長様は姦淫に耽ったりしないって?」
ぬるつく性器を掴まれ、肉体の反応を見せつけられた。
「そんな綺麗じゃないくせに」
溢れた体液が音を立てる。
「ルシフェルには大事にしまわれ、特異点はキミを受け入れた」
災厄は異形の存在として扱われている。
団内に反発する者もいるが、団長の決定には従うようだった。
今、表立ってサンダルフォンを責める者はいない。
「生ぬるい日々は楽しいかい?」
背筋が冷える気がした。
「オレに罰を与えて欲しいなんてとんだ好き者だ」
胸の中心を指が突く。
「キミのそれは自己犠牲なんかじゃない」
口の端を上げ、優しそうに微笑んで。
「ただの自己満足だ」
幾度中に出され、自分自身も達したのか。
ぼんやりする頭では数えられなくなっていた。
背後から貫かれ、その後再び向き合わされた。
無意識に肩を押し返そうとし、その感触にハッとする。
首から肩にも鱗が広がっていた。
差し込む日差しに照らされ、光っているようにも見える。
そっと触れ、そのまま背に手を回した。
「あぁ、もっと撫でてくれないかサンディ」
うっとりとした声が聞こえる。
指に触れる鱗は少し硬いが滑らかで。
手のひらを動かし、撫でると気持ちがいい。
結合部は熱いのに、その背はひんやりと冷たい気がするのが不思議だ。
「キミの欲しいものはオレが与えてあげるよ」
顔が近づいて、唇が触れる。
肉のぶつかる音の生々しさに似つかわしくない、軽いそれ。
幾度か繰り返されながら、背中を撫でる手を動かす。
肩甲骨から、腰、臍の近くまで。
「特異点じゃ満足できないだろ?」
手のひらに力を込めれば、バチリと音を立てた。
間近で、男が薄っすらと笑う。
「フフ、危うくイクところだった」
「チッ」
手も、互いの腹も血で赤く染まる。
精一杯の攻撃は失敗に終わった。
交わりは解かれず、深く繋がったままだ。
「随分余裕があるじゃないか」
勢いよく引き抜かれ、声も出ない。
体が痙攣し、ベッドに倒れ込む。
「もう少し付き合ってくれよ、サンディ」
楽しそうに囁き、背後から深く貫かれた。
疲労感にベッドに沈んでいると、男の気配はいつの間にか消えていた。
付着する体液が不快だ。
身を起こせば窓の外がよく見え、日が沈み始めた空が赤く染まっている。
艇はもう出発してしまっただろうか。
いや、あのお人好しな特異点を思い出せば律儀に待っていそうだ。
汚れを落とし、鎧を身に付ける。
体に残る傷や痛みはそのうち回復するだろう。
テーブルに金貨が置かれていたのは宿泊代か迷惑料か、男が残していったものだろう。
何か聞かれても困るので、人目を避けて建物を抜け出した。
来た道を戻れば、昼間とはまた違う雰囲気の街並みへ出る。
呼び込みの声を聞きつつ港へ向かうと、グランサイファーはやはりそこにあった。
人の気配も多く、出発間近かもしれない。
「あ、おかえり」
艇の近くで、にこりと出迎えられた。
「よかった、もう少しで探しに行こうとしていたんだ」
「別に、俺を待つ必要なんてないだろう」
「待つよ。というか、探しに行くって、今も言ったでしょ」
嬉しそうに声が弾む。
「遅かったね、楽しい物でもあった?」
「いや、特に何も」
ゆるく首を振り、横を通り過ぎ艇へと向かう。
「あれ、サンダルフォン」
呼びかけに足を止めれば、ためらいなく指が伸ばされる。
首に、人の温もりが触れた。
「ここどうしたの?」
赤くなってるよ、と。
不思議そうに首を傾げる。
「さぁ、なんだろうな」
表面は綺麗に取り繕って。
まるで何もなかったかのように。
日常がそこにある。