パンプキンヘッドにあいのてを。
島に着くと、グランに買い出しに付き合ってほしいと告げられた。
艇に積み込む資材とは別らしい。
ルリアやビィはいいのかと問えば曖昧に笑う。
町の商店へ向かい、二人きりの理由に合点がいった。
「君はどれだけ買えば気が済むんだ」
「気が済むとかじゃなくて必要なんだよ、はいこれも持って」
いや、荷物持ちにもう一人くらい連れてきてもよかったのではないか。
手渡された袋の中身は大量の菓子だった。
カラフルな包みの、キャンディやチョコレート。
あの二人がいれば瞳を輝かせ、すぐに消化されてしまいそうだ。
近く祭りがあるのか、町中がにぎやかに飾られている。
今回の寄港の目的もそれだったらしい。
「これは収穫祭か?空の民はこんなにもカボチャが好きなのか」
視線を周囲に向ければ、オレンジ色のカボチャのオブジェが並んでいる。
どれも顔のような模様が施されていた。
「うーん、まぁそんな感じかな、僕もよくは知らないけど。あ、本があったと思うから渡すね」
まるで子供のような扱いだな、と思いながらも。
空の民の風習は興味深いことも多い。
そうか、と頷けば嬉しそうに笑われる。
買い込んだ大量の菓子がどうなるのか、この時はわからなかった。
そして翌日、朝から騎空艇の中は騒々しかった。
ちらりと見ればいつもと違う格好の者たちが多く、巻き込まれては敵わないと部屋にこもる。
珈琲を煎れに行くのはもう少し後にしよう。
ふと、昨夜グランに渡された本を思い出す。
表紙からも、どことなく子供向けと見て取れるのに苦笑した。
結局は受け取ってしまったことも。
描かれているのは、昨日見たカボチャを頭にした人物。
短い話だった。
悪行の末、男は天国に入れず、悪魔をも騙し地獄の門も閉ざされた。
カブのランタン一つを手に、永遠に暗闇を彷徨い歩く。
ハロウィンの夜はこの世とあの世の狭間が曖昧になり人ならざる者が紛れ込む。
人の風習は様々な要素が混じり、意味合いも変質することがある。
カブはカボチャになり、男の拠り所であったランタンが、いつしか男自身になっていた。
装飾は魔除けの類だったのだろう。
それが今では仮装をして菓子を貰う、という行事になっているらしい。
空の民は不思議なことを考えるものだ。
永遠に彷徨う、かわいそうな魂。
自業自得ではないのか。
いつの間にか、己と重ねて見ていた。
ルシフェルの言葉を拒み、破壊を求めた。
行き着く先はない。
ただ一人で彷徨うのだ、これからずっと。
同じではないか、この哀れな男と。
ぼんやりと文字を眺めていると、こんこんとノックの音が響きドアが開く。
「よかったいた。あ、本読んだ?」
そう言って、グランが笑う。
こちらの心情とは違う、朗らかな声音で。
「サンダルフォン、トリック・オア・トリート!」
その言葉はどこかで見た気がする。
考える間に、ぽふりと何かが頭に着けられた。
「おいグラン」
「お菓子がないといたずらされちゃうよ?書いてあったでしょ?」
「問答無用だったじゃないか」
「じゃあお菓子持ってる?」
それはもう、いたずらっ子の笑い方だ。
子供扱いは怒る癖に、こんな部分を見せてくる。
言葉に詰まれば、バスケットが目の前に差し出された。
昨日買い込んだ菓子が詰まっている。
「夕方くらいにさ、よかったら艇の外に立っててくれないかな。子供たちが通るから、さっきみたいに言われたらこのお菓子を渡してね」
「いや、俺は」
そんなのは柄じゃない。
拒もうとするがバスケットを押しつけられて。
「できればいいから。それから、興味があれば町の方まで来てみてね」
結局受け取ってしまった。
案外重量がある。
困惑しながら視線を向ければ、どこからかグランを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、もう行かないと。それ、今日一日着けててね」
外しちゃダメだよ、と念押しされる。
きっと、妙な顔になったに違いない。
「……気を付けて」
いってらっしゃい、とは言葉にならなかった。
それなのに。
「うん!いってきます!」
グランはにこにこと笑いながら部屋を出ていく。
そういえばいつもと違う格好だったな、と思ったのは少し時間が経ってからだった。
昼過ぎには多少船内の騒がしさも落ち着いたので厨房へ向かう。
少し迷い、渡されたバスケットも持っていく。
珈琲を煎れていると度々団員に声をかけられたので、好きな物を持って行けとバスケットを示す。
礼を言われ、団長からだと返せば苦笑された。
珈琲がいいと言われれば煎れてやる。
そういったやりとりに煩わしさを感じなくなっていることに気が付いた。
いつの間にか、この艇の空気が馴染んでしまったらしい。
珈琲を飲み、時折やってきた相手と言葉を交わして。
大半の人が出払っているのか、随分と静かだった。
外を見れば薄暗くなりつつあるが、バスケットの中身はまだまだ残っていた。
グランの言葉を思い出し、少し悩んで艇を降りる。
港から町へと続く道にはカボチャが並んでいた。
昨日は気付かなかったがランタンになっていたようで、今は明かりが灯っている。
他にも何人か、バスケットを持った大人が立っていた。
子供たちが寄っていき、菓子を貰っては次の相手へと向かう。
同じように立っているのに子供が近付いてこない。
ちらりと視線を向けられるが、少し離れた位置を通っていく。
それほど声がかけづらいのか。
さすがに不甲斐ない。
バスケットが妙に重たく感じられた。
できれば早々にここから立ち去りたい気持ちもある。
本来子供の相手など慣れていない。
「おい、菓子はいらないか?」
目の前を通り過ぎようとした子供に声をかける。
思ったよりも威圧的な声になり自分自身で呆れた。
驚いたように、子供が目を丸くして見上げてくる。
「トリック・オア・トリート……?」
恐る恐るといった風に言われたが、バスケットを差し出す。
「好きな物を持って行くといい」
怯えたようだったのに、菓子を見るとにこりと笑ってカラフルなキャンディーを手にした。
そうやって一人相手をすると、声をかけても良いと判断されたのか。
見ていたらしい子供がわらわらとやってくる。
その後はあっという間に中身が減っていった。
日は完全に落ち、ランタンの明かりが足下を照らしている。
人が途切れたところで、残りはチョコレート一つになった。
これで終わりでいいだろう。
明日、グランにでも渡そう。
珈琲に付けてやればいい。
そう考えて艇へ戻ろうとすれば、嫌な気配に包まれた。
しまったと思ったときには、何かに背後から動きを封じられていた。
「トリックオアトリート」
しかし、耳元で響いたのは。
不本意ながらも、よく知る相手の声だった。
「……貴様にやる菓子などない。それに妙な現れ方をするな」
腰に回った腕を払って振り返れば。
昨日から幾度も見てきたカボチャをかぶった男がいた。
「なんだ、その格好は」
哀れなパンプキンヘッド。
一人彷徨い、どこへ向かうのか。
「おや?いたずらがご希望かな?」
相手を小馬鹿にするような仕草が似合う。
手を取られ、指先に口付ける姿はひどく滑稽で。
「……今日だけだからな」
ほだされたのか。
表情がないはずなのに、なぜかもの悲しく見えた。
手を引いて艇へ戻れば、誰にも会わずに部屋に辿り着く。
「そうしていると少しはかわいげがあるのにな」
ひんやりとしたカボチャの張りぼてをそっと撫でた。
二千年。
命の尽きない天司にとっても、それは長い時間だった。
全てを憎み、呪うように過ごした。
今だって消えてはない。
蓋をして見て見ぬ振りをしているだけで。
光を失い、あてもなく彷徨い続けるのはどんな気持ちだっただろう。
世界の終焉を望みながら。
ベッドの上、男を見下ろして考える。
「俺も同じか」
これから、彷徨い続けるのだ。
求めるものはきっと見つからない。
シャツの上から胸を撫でる。
幾度目だろう、そう思ったところで。
ドアの開いた音に驚いた。
視線を向け、ぎくりと体が強ばる。
「妙な奴を連れ込んでると思ったらサンディか」
声をかけた男と、目の前のパンプキンヘッドを見比べる。
男、ベリアルは。
普段と変わらぬ姿でドアに寄りかかっていた。
「お楽しみのところ悪いな」
声がすり抜けていく。
すぐに理解ができない。
目の前の、コレは何だ。
「何を言っているんだ、貴様は」
絞り出すような声に、口元だけで笑う。
近付く足音が部屋に響いた。
「気付いていないのか?」
言いながらパンプキンヘッドに手を翳すと、ミシリと嫌な音を立てる。
煙のように体が消えていき、ヒビが入り濁った星晶が残った。
「どういうことだ?」
朽ちかけたそれは、明らかに劣化していた。
今砕けただけではないように。
「あの世とこの世の狭間が曖昧になる。あっちから出てきたったおかしくないだろ?」
「星晶獣が幽霊になるとでも?」
「さぁ?死んだことがないからわからないな」
とぼけながら、星晶を手にする。
ベリアルの手で完全に砕け、消滅した。
「それで、誰に見えてたんだ?」
幻を見ていたのだと思い出す。
そういえば最初の気配が妙だったとも。
敵意がなかったから特に疑いもしなかった。
「愛しの元天司長様か?それとも可愛い可愛い特異点か?」
「何のことだ」
「取り入ろうと相手が望む姿を見せるなんて、常套手段じゃないか」
誰、なんて。
「あっさり引っかかるのも問題だけどな。お優しい天司長様は同情でもしてたのか?」
一人は辛い、寂しい。
この先ずっと、永遠に。
何を望んでいたのか。
過去の幻がほしい訳じゃない。
自分よりももっとずっと貪欲で強かなこの男が。
同じなわけがない。
そんなことに今更気付く。
今だって、きっと。
隙を見せれば喰らいついてくるのだろう。
「……助かった」
「おや、珍しく素直じゃないか。礼よりも他のものが欲しいね、天司長様?」
「わかった、トリック・オア・トリートだ、ベリアル」
腕を引き、パンプキンヘッドがいた場所へと促す。
おとなしくベッドに転がりながら、楽しげに笑う口元が見えた。
「ところで、その可愛いお耳は何かな?」
「は?」
するりと頭を撫でられた。
そして、頭上の何かに触れる。
「あぁ、グランが着けていった」
気にしてもいなかった。
鏡も見ていなかったのでどうなっているのかわからない。
もしやかなりおかしなことになっているのか。
それならば遠巻きにされていた理由も少しわかる。
取ろうと手を伸ばしかけ、グランに言われた言葉を思い出す。
今日一日取ってはいけない、と。
「悪戯好きな黒猫も悪くないぜ、サンディ」
翌朝、厨房で珈琲を煎れていると様々な話が聞こえてきた。
町の方では夜中まで騒がしかったらしい。
飲み歩いていた者たちはまだ寝ているだろう。
おはよう、と声をかけてきたグランも眠そうだった。
「おはよう、珈琲を飲むか?」
問いかければ頷いて目の前に座る。
昨日残ったチョコレートを添えてカップを差し出せば、表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう、これ好きなんだ。サンダルフォンも昨日は楽しめた?」
「俺は菓子を配っていただけだ。君たちは大変だったらしいな」
「そうなんだよ、魔物が出てね」
話す声が楽しげに響く。
警備の依頼もあったらしく、昨日の格好は仮装と装備を兼ねていたらしい。
穏やかな時間。
そう長くは続かないと知っている。
それでも。
暗闇を照らす、俺の。
愛しいジャック・オ・ランタン。