BOX

うっかり深く吸い込んだ香りに眉を寄せた。
「臭い」
「言うねぇサンディ状況わかってる?」
触れる身体から振動が伝わる。
無意識に身を退こうとするが、背中は床で、左右も少し腕を動かせば壁にぶつかった。
頭上や足下もきっと同じだろう。
せいぜい二人分の、妙な空間に閉じこめられたのだと理解する。
理不尽さと、被さる相手の重みに苛立つ。
狭い空間に充満する甘ったるい香りは、人の思考を奪う類の物だろう。
天司である己には効果がないけれど。
「重い」
「文句ばっかりだな」
「貴様の所為だ」
光源がないので表情などはわからない。
けれど、想像はできる。
小馬鹿にしたようににやにやと笑っているのだろう。
「しょうがないなぁ、ちょっと我慢しろよ」
耳元で声が響き、ぐっと身体が密着した。
背中に腕が回り、ほんの少し身体が浮いたと思えば、ぐるりと回転する。
狭い空間で上下を入れ替えたのだ。力がかかり、骨が軋んだ。
「痛い」
「これ以上の文句は聞けないな」
はぁ、とわざとらしい溜息を吐かれ、とんとんと宥めるように背を撫でる。
どうにかして身体を離したかった。
腕を突っ張れないかと床を探るが思うような隙間がなく、分厚い胸に頬を押し当てるしかない。
全身が触れているのか、その肉感に戸惑う。
自身が下になっていたときとは違う密着度。
この男は腕か脚でその身を支えていたのだと気付いてしまうと、寄りかかることしかできない自分が情けない。
「もぞもぞしてるとたっちゃうよ?」
いいのかい、と笑う振動が伝わる。
「絶対にやめろ」
ささやかな抵抗に手元の皮膚を抓ってみるが特にダメージは与えられなかった。
「それよりどうすればここから出られるんだ、研究所の一部だろう何か知っているんじゃないのか」
「さぁ、百年もすれば出られるんじゃないか?」
「それは困る」
「特異点がいるからか?」
貴様とこの空間で無為に時間を過ごすなど耐え難い苦痛だ、と拒否する言葉は山ほどあった。
あったけれど、言われて思い出したその人物を困らせるのは本意ではない。
お人好しな彼らのことだ、黙って姿を消せばきっと探しに出るだろう。
それが本人の意思であったとしても。
「……そうだな」
「へぇ」
背中に触れる掌が滑り、うなじを撫でた。
ひくりと身体が震えるがかまわずに、首を回って顎をくすぐる。
言葉を発する前に、すり、と唇をつつく。
「キミからキスできたら出してあげよう」
「脱出方法を知っているのか」
「いや?だが、この壁なら」
オレなら壊せる、と。
確信に満ちた声が響いた。
「絶対にか」
「疑う?オレだってこんなナニもできないところで時間を潰す趣味はないよ」
「じゃあさっさと壊せ」
「フフ、でもキミと過ごす時間は悪くないかな」
本当に、どちらでもかまわないような物言いだった。
窮屈なことに変わりはないし、そのうち飽きれば壁を破壊するだろう。
そう思うが、その時がいつになるのかわからない。
逡巡し、男の胸の上に置いていた手を動かして、首まで滑らせる。
ひんやりと冷たい肌にぞくりとした。
頬に手を添え、身を寄せる。
「ん」
軽い音を立て唇を触れさせる。
簡単にこの男が満足はしないとわかってはいたので、せめてもの仕返しにと唇に噛みつけば、後頭部を掴まれた。
ぬるりと滑り込む舌にからめ取られる。
吸い付かれ、唾液の音がいやに響いた。
びりびりと舌が痺れる。
「っ、ふぁ」
ミシリと、背後から音が響く。
射し込む光が、闇に慣れた瞳に眩しい。
あぁ、本当に、そう思う間もなく。
紅い瞳に、捕食される。

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