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虹の入江

バカンスシーズンが終わりに近づき、屋台の活気も一時期と比べれば随分落ち着いた。
観光島であるが海へやってくる人が少ないらしい。
隣の店は数日前に店を閉めていた。
それでも客がいない訳ではないので、仕入れの数を調整してサンダルフォン一人で店を回している。
商売なのだから繁盛するに越したことはないが、のんびりとした時間は悪くない。
昼過ぎに明日の仕入れを考えていると、グランがルリアとビィを連れて顔を出した。
「何か飲むか?」
「海へ行きましょう、サンダルフォンさん!」
にこにこと笑うルリアに否と言うのは気が引ける。
ちらりとグランへ視線を向ければ。
「ちゃんと海へ行ってないでしょ?」
誘いを促す言葉しか返ってこなかった。
サメの騒動を思い浮かべ、どうにも苦い表情になってしまう。
頭にはビィが乗り、横からルリアに腕を捕まれる。
「みんなで行くと楽しいですよ!」
期待に満ちた眼差しを向けられ、通りを見ても客が来そうな気配はない。
「片付けた後、少しくらいなら」
結局断ることなどできずに頷いていた。


「この時期は海に入らない人が多いんだ」
波打ち際を歩きながらグランが言う。
見渡すが確かに人が少ない。
砂浜に寝そべり肌を焼く女性と、砂遊びをする子供が数人。
海は何かに囲われ、沖へは出られないようになっている。
入っても、せいぜい膝くらいまでの深さか。
「何か出るのか?」
脳裏を過ぎるのはサメであるが、聞いた話では過去にもいろいろあったらしい。
「クラゲが多いんだよ。後は迷信」
「迷信?」
「そう、この時期は」
言葉の途中、貝殻を拾ったルリアが振り返る。
グランの視線もそちらに向き、会話が途切れた。
その後ろをビィが飛んでいく。
砂に残った足跡が、波にさらわれる。
二人の声を聞きながら、海へと視線を向けた。
クラゲが出るだけでこうも人が少ないのかと感心する。
これほど静かで穏やかに見えるのに。
脳裏を過ぎるのはやはりサメだった。
あの後は特に問題は起こっていないらしく、指教の天司達はバカンスを楽しんでいる。
この地を発ったサリエルは今どこにいるだろうか。
穏やかな日々が過ぎていく焦燥を久しぶりに感じる。
これでいいのか、と自問は果てがない。
ぼんやりと眺めていると、海の中で何かが光った気がした。
魚や波が日差しを反射したのとは違う。
一歩、踏み出したのは無意識だった。
何か脅威であってはいけない。
確かめなければ。
グラン達に声をかけるのを失念していた。
すぐだから、と言い訳のようにして。
ざぷり、と足が濡れる。
そしてもう一歩と踏み出して。
「あ」
海の透明度は高く、すぐそこに砂浜が見えていた。
それなのに、落ちる、と思った。
いや違う、これは。
何も見えなかったはずなのに、足首を強く掴まれる。
言葉も出ず、戦闘態勢すら取ることもできないまま、サンダルフォンは海の中へと引きずり込まれた。
「あれ?」
グランが振り返り、ルリアも首を傾げる。
「サンダルフォンさんは……?」
「さっきまでいたのに」
「本当だ、いねぇなぁ」
きょろきょろと辺りを見回す。
「ひねだるふぉんのことだ、何も言わずに帰っちまったのか?」
薄情な奴だとビィがぼやく。
最近の姿を思い浮かべるとあまり納得がいかない。
グランが見つめる先には、ただ静かな海が広がっていた。


呼吸が苦しい。
天司の肉体は強靱なので死には至らないだろう。
活動を止めるかもしれないが、それは一時的なものだ。
そう思うのに、人に似た作りのサンダルフォンは息苦しさに悶える。
腕を伸ばし抵抗することも、羽を出して逃れることもできない。
肌を覆う海水の冷たさにぞっとした。
それ、はきっとほんの少しの時間だったに違いない。
水の抵抗がなくなり、何処かへと落下した。
肉体に衝撃が走るがそれどころではなく、咳き込み海水を吐き出そうとする。
ようやく目を開くが場所は特定できない。
硬い床に手を付けば、髪から水が滴り落ちた。
息は整わず、苦しさに涙が滲む。
傷など簡単に再生してしまうのに。
こうも脆い反応を返す体が憎い。
「はっ……ぁ……」
すり、と何かがふくらはぎを撫でた。
体が強ばり視線を向ける。
警戒心が薄れていたことに気付く。
「なんだ、サンディか」
酷くつまらなそうな声が響いた。
冷えた体に、触れる掌が熱い。
膝裏まで撫でていく。
「何故、貴様が」
「海水浴か、楽しかったかい?」
口元に笑みを浮かべ、首を傾げる。
何が起こっているのか理解できなかった。
この場所がどこかなのか、目の前にいる男が本物なのか。
夢であってほしいと非現実的なことを願う。
「無防備だね、悪くない」
仰向けにされ、男の体が近付いた。
手を伸ばそうとするが思うように動かない。
「どうせ力が出ないんだ、少し遊んでいけばいい」
囁きながら耳を舐めると、塩辛いと笑った。


そこはまるで、昔の研究所を模したようだった。
「キミもわかるだろう?孤独の辛さを」
剥き出しの胸を撫で、そう嘯く。
「弾かれてね、今はここで独りなんだ。キミが来てくれてよかった、暇つぶしになりそうだ」
ようやく動かせる腕を伸ばし肩に触れるが、押し返すほどの力は出なかった。
それを軽く笑われるのが悔しい。
「少しは経験値を積めたかい?」
ベルトを外され、水着が膝まで引き下ろされた。
へぇ、と下半身を見て笑われる。
「止めろ」
「あぁ、前戯を楽しみたいタイプ?悪いね、あまり時間がないんだ」
人の暮らしに混じり、多少の知識は得たつもりでいた。
言葉の示す意味も、触れる手の目的も。
性器を掌で包まれ、ひ、と喉が悲鳴を上げた。
「まさか本当にオナニーもしたことない?」
数度上下させ、首を傾げる。
「勃ちそうにないな」
「もういいだろう」
「うん?そんなわけないだろう?」
聞き分けがない子供を相手にするように告げる。
「手段はいくらでもあるんだ、知っておいて損はない」
体を俯せにされ、尾てい骨辺りを指がぐりぐりと刺激する。
その奇妙な感覚に戸惑う。
「スピーディなのがイイんだろう?」
でも、相手によっては嫌がられるぜ。
そう言って体内に指をねじ込まれた。
「っ、うあ」
痛みと異物感に声が抑えられない。
「苦しい?でも大丈夫、キミの体は丈夫にできてるんだから」
溢れた血液が濡れた音を立て耳に届く。
破瓜のようだと囁きながら、太股に昂りを押しつけられた。
「俺を辱めたいだけなら、こんな、無駄なことを」
「まさか、そんなわけないだろう?」
背に重みがかかり、抱きしめられたと知る。
「人肌が恋しいんだ、最初に言っただろ?」
本心な訳がない言葉は寒々しい。
腕の中から逃れようともがくがやはり上手くいかなかった。
「無駄だと言うならキミにこんな機能いらないはずだろう?」
反応しかけている性器に指が絡む。
「フフ、痛い方がお好みかな、天司長様は」
扱かれればぬるりと滑る感触がする。
こんなことをされて快楽を得るなど間違いだ、否定の言葉がすぐには口から出なかった。
「どうせなら楽しもうぜ、サンディ」


こじ開けられた肉体が悲鳴を上げる。
すぐに修復してしまうのなら、痛みもなければよかったのに。
やっぱりヴァージンかと笑う男に、腹の底が熱くなるほどの怒りを覚えた。
背後から犯されていたはずが、途中で向き合うようにひっくり返される。
相変わらず真意を見せない表情がそこにあった。
神経を逆なでするために発せられる言葉も。
「ほら、よくなってきただろう?キミも快楽に従順に作られているじゃないか」
揺さぶられながら、痛みだけではないと指摘される。
「違う」
拒否する言葉がただの強がりのようで空しい。
「認めたくない?案外かわいいところがあるじゃないか」
「っ、ぁっ」
「イイ締まり具合だ、悪くない」
深く貫かれ、敏感な粘膜が収縮する。
確かに肉体は刺激に反応しているが、快楽かと問われてもよくわからない。
ただ、冷えた体がいつの間にか熱を持ち、覆い被さる男の肌がひんやりと心地良いと思った。
「ハハッ、出すよ、サンディ」
「ぐ、ぁぅ」
腰を掴む指に力がこもり、動きが早くなる。
肉のぶつかる音が何もない空間に響いた。
「はっ」
ぐり、と奥深くまで進入するように体が密着する。
微かにその身が震えた。
罪を背負った己に、そんな物を注いだところで何も変わりはしないのに。
閉じた瞼を眺めた。
吐き出した息に熱がこもる。
それ、がほんの一瞬の隙に見えた。
すぐに開いた赤い瞳は、ぎらついていたけれど。
「おい」
ようやく拳が握れるようになった。
シャツを掴み、顎に狙いを定める。
薄い唇が象ったのは、笑みか、それとも。
鈍い痛みに、手応えを感じた。


「サンダルフォン!」
意識が浮上する。
日の光の眩しさに瞳を細めると、目の前にいるのがグランだと認識する。
「いきなりいなくなるからびっくりしちゃったよ」
困ったような表情はいつもと変わらない。
それにほっとしていることに気付く。
「立てる?」
「あぁ、大丈夫だ」
差し出された手に引っ張られ、立ち上がる。
人気のない入江に倒れていたらしく、全身ずぶ濡れだった。
「何かあった?」
「いや」
ルリア達と浜辺を歩いていたことしか思い出せない。
不思議なことなど慣れているのか、グランは特に聞き出そうとはしなかった。
みんな待ってるから行こう、と街へと促す。
サンダルの間に砂が入って不快だった。
脱ごうと金具に指をかけ、そこにある物を見て動きを止める。
色の変わった肌は、何者かに強く掴まれた痕で。
消えかけた記憶が巡る。
「サンダルフォン?」
先を行くグランに、どうかしたのかと問われる。
緩く首を振ると、うっすらと口元に笑みが浮かんでいた。

いつかこの手で、その息の根を止めてやる。

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