居候
帰宅して、エレベーターに乗っているとスマートフォンがメッセージを告げた。
何だと思い取り出せば、意外な人物からで。
「はぁ?」
思わず声が漏れる。
眺めていると降りる階に着き、廊下に出れば自身の部屋の前に人影が見えた。
「どうしたのサンディ、連絡もなしで」
鍵を出しながら問えば、縋るように見上げてくる。
「誰も通らなかった?オレが通報されるんだけど」
「……通ってない」
「そっか、とりあえず入る?」
問えばコクリと頷く。
いつもの噛みつくような態度とは随分違ってしおらしい。
「着替えてくるから、適当に好きなもんでも飲んでな」
先ほど届いたメッセージはサンダルフォンの保護者、ルシフェルからだった。
サンダルフォンがそちらに行っていないか、と。
着替えつつ、来てるけど、と返信すれば。
『君のところなら安心だ。一晩泊めてあげてほしい』
すぐに返ってきた文章に頭を抱えたくなる。
信頼など欠片もないだろうに。
居場所を知る術を持っていそうだが、知り合いの元にいる方がましなのか。
それが自分であっても。
面白そうと面倒くさいが半々だ。
着替えてリビングへ戻れば、ソファに座ったままで。
「ここに置いてくれないか」
声をかけるより先に口を開く。
「ルシフェルと喧嘩でもしたのかい?」
家出紛いのことは過去にもあったが、こんなことを言い出したのは初めてだ。
「あの人は俺を信用していない」
「アレが過保護なんて今に始まった話じゃないだろう」
このまま放り出して素直に帰るだろうか。
この子の友人はきっと、普通にイイ子だから迷惑をかけられない。
ちらりと見る。
家出理由はくだらなくとも、そのどこか憂いのある表情は十分ソソる。
その辺で妙な男にでも拾われたら厄介だ。
「ここで暮らすなら三食セックス付きだけどいいのかい?」
「わかったそれでいい」
「え」
「何だ冗談か」
ふっと笑う表情はかわいげがない。
面倒が十割になった。
翌日、ルシフェルから札束の入った封筒を渡された。
それでしばらく面倒を見てくれ、と言うことだったので拒否したのに。
あれから一週間が過ぎたが、日々サンダルフォンの荷物が増えていく。
学校関係と衣服程度だけれど、帰る気配はない。
「アルバイトすらさせてくれない」
「やろうと思えば何だってできるだろ」
昨日から仕込んでいたおでんを向かい合って食べながらそんな会話をする。
「三回目だ」
「何が?」
「黙って決めたのにばれて辞めさせられた回数、今回で三回目」
門限や、遊ぶ友人を把握されていること等々他にも挙げていく。
色々と思うところがあったのが、それをきっかけに爆発した。
「学費も全額出してもらってるんだろ?今は甘えておけばいいじゃないか。それでも返したいなら働きだしてからでも十分だろ」
「ベリアルのくせにまともなことを言うな」
「オレのことなんだと思ってんの」
「家主」
「わかってるじゃないか。ちょっとビール取ってきて」
グラスを振って促せば、渋々と立ち上がる。
空になった自分の器も持って行った。
「なぁ、餅巾着と玉子食べていいか」
「いいよ。あ、牛すじ入れてきて」
キッチンからの問いに答えれば、すぐにビール片手に戻ってきた。
テーブルに置いて向かいに座る。
串に刺さった牛すじは柔らかく、よく味が染みていた。
「オレは説教じみたこと言いたくないんだけど」
「何だ」
「一回ちゃんと話してこいよ」
ビールを注ぎながら告げれば、嫌そうな顔をする。
相手は保護者なのだから、避け続けるわけにもいかないだろうに。
「あんまりな態度とってると、強制連行されるんじゃないか?」
「……わかった」
「まぁ、しばらくは家にいても良いから。ちゃんとしろよ」
そのままでいいじゃないか。
ルシフェルの庇護下で何不自由なく暮らして、それで十分じゃないか。
せっかく恵まれているのだから。
ベッドの上、腰に跨がって見下ろしてくる。
胸から下腹の辺りまで撫でられ、その手首を掴んだ。
「何だやらないのか、貴様がセックスすると言ったんだろう」
適当に口にした条件を思い出す。
本気にしたわけでもないだろうに。
「出世払いでいいよ」
「やっぱり冗談か」
向けられた瞳が不機嫌そうでゾクゾクする。
イイ目をするじゃないか。
「ルシフェルへの当てつけなら止めた方がいい」
色々と文句を言いながらも、ルシフェルのことを尊敬している。
これまでイイ子の様に振る舞っていたのも、本当は苦ではなかったはずだ。
ほんの少しの反抗心に違いない。
「今ルシフェルは関係ないだろう」
眉を寄せ、掴んだ手がすり抜けていく。
けれど上から退きはしない。
「言っただろ、説教なんて柄じゃないんだからさせないでくれ」
「説教なんて別にいらない」
サンダルフォンのことは割と気に入っている。
どうでもいい相手なら、さっさと手を出して適当に遊んで放り出しているところだ。
でもそうしなかった。
「キミに手を出すほど不自由してないよ、ほら退いて」
ベッドの横を叩いて促すが、眉間の皺が深くなるだけだった。
「そうやって俺を子供扱いする、ルシフェルと同じじゃないか」
「あの堅物と一緒なんて心外だな」
子供じゃないと主張するなんて、それこそただの拗ねた子供じゃないか。
「じゃあ、キミが望んでるのかな?」
太股を撫でればひくりと肩を震わせ、ほんのりと頬が染まっていく。
人に跨がっておきながら随分初な反応だ。
手を伸ばせばすぐそこに、一番確かな愛情を持った相手がいるのに。
気付きもせずそれを手放すなんて。
馬鹿だなぁ、本当に。
「しょうがないからオレが悪い大人になってあげるよ」
腕を引いて、ベッドに転がす。
両脇に手を突いて逃げ場はないと示す。
「待ったはなしだからな、サンディ」
「一ヶ月も何もないから不能なのかと思った」
「汚名返上できたかな?」
サンダルフォンが家出してきてからそろそろ一年経つなと話していたら、何とも失礼な発言をされた。
ベッドの中、するりと腰を撫でれば舌打ちが返ってきたので満足してもらえているらしい。
最初の頃はルシフェルも帰ってくるよう説得していたし、こちらにも色々と連絡があった。
それが定期的に会うことで折り合いが付いたのか、今では静かなものだ。
相変わらず過保護なようだけれど、卒業するまではこのままかもしれない。
ソファで良いと言って小さく丸まるようにして寝ていたが、今では同じベッドに入ってくる。
二人寝ても平気な広さだろう、と。
夏は暑いからとソファに行き、最近また潜り込むようになった。
子供だと思っていた、いや今でも子供で。
興味本位ならそのうち出て行くかと思えば、そうでもなく。
意外なほどあっさりと時間が経っていた。
腕に馴染む温もりは存外悪くない。
「すぐにルシフェルが恋しくなって帰ると思ってたよ」
「……出てけとは言わなかったじゃないか」
「今もそんなことは言ってないよ」
柔らかな髪を梳いてやれば、目を細める。
懐いた猫のようなものだと納得しようとした。
「オレのことそんな好き?」
「何だ、知らなかったのか」
からかうための言葉が、思いがけず肯定される。
浮かんだ笑みは随分と可愛らしく、企みを含むそれはとは違う。
まずい、と気付くのは大概手遅れになってからだ。
自問して、答えは案外簡単に決まってしまう。
「えー、じゃあルシフェルに挨拶行く?」
「何で?」
「息子さんをオレにくださいって」
予想外だったのか、驚いた顔で笑い出す。
「はは、どんな反応するかな……怒るかな?」
寂しそうな、少し期待するような。
やはりまだ反抗期真っ只中か。
「とりあえずオレはまだ死にたくないね」
「何だそれ」
不思議そうに首を傾げる子供は、何もわかっていない。
結局、一番面倒なことになってしまった。