・現パロ。
・ルシフェルが保護者。
・ルシフェルをパパ呼ばわりするベリアル。


内緒だよ

見上げる先には己とよく似た赤い瞳。
いや、似ているのは自分の方か。
血縁関係はないけれど。
記憶にある限り、幼い頃からからかわれおもちゃにされてきた。
それはもう、くだらない悪戯から、泣き叫ぶような恐怖体験まで様々だ。
暴力的なことはされたことがなく、怪我をしたこともないな、とは思う。
考えようによっては、遊んでくれていた、とも取れる。
保護者が若干不器用なので、組み立てるような玩具には根気よく付き合ってくれた、ような気がしないでもない。
一回り以上歳が離れているが、単純な遊びにも嫌な顔などしなかった。
いや、しかし。
テレビ画面に突然映されたホラー映像は一度や二度ではない。
気を許してはいけない。
精神的なトラウマだ。
怖くて、けれど他に助けを求める相手もいなくて。
シャツを掴めば楽しそうに笑われた。
幾度も繰り返し、耐性が付いたのは幸いなのかなんなのか。
すり、と親指が唇を撫でる。
ほんの少し首を傾けて、唇が触れた。
いつからだろう、とぼんやり考える。
「二人だけの秘密だ」
そう囁く声は、酷く甘かった。
手のひらにチョコレートを乗せたみたいに。
意地悪なのに、優しい。
幼い心はあっけなく傾いた。
いけないことだとわかりながら、誰にも言わなかった。
最初は触れただけ。
それを幾度も繰り返して。
指が、唇が、肌を暴く。
それ、が快楽だと教えられた。
相変わらずからかわれては怒りながら、触れられると従ってしまう。
一度顔が離れ、緩く弧を描く口元が目に入る。
妙に楽しそうだ。
「ルシフェルには内緒だよ」
そう言って、倒れ込むのはベッドだった。
もう、その先を知っている。
保護者に黙って、秘密の遊びを繰り返す。


「サンダルフォン」
名を呼ぶ声は優しくで、触れる手のひらは温かい。
抱きしめられ、ここにいれば安全だと思った。
この人の傍にいれば、穏やかな日々が保証される。
不安など何一つない。
不満などありはしない。
「サンディ」
呼ぶ声は軽薄で、触れる指は冷たい。
抱きしめる腕は、気を抜けば痛みを与える。
傍にいてはいけない、身も心も傷ついてしまう。
わかっているのに。
抑えきれない好奇心が顔を出す。
真実を含まない言葉は期待しないだけ気が楽だ。
冷えた指に与えられる熱を、初めて知った。
体にかかる重みに、生を実感する。
あの人に与えられない物を知りたい。
「ほら、パパに電話しなよ」
にこりと笑って指示される。
言うことを聞く必要などない。
この場から去ってしまえばいい。
それなのに。
手の上にスマートフォンを載せられて、逃げることを忘れたように相手に従う。
「……ルシフェル?」
数回のコールの後、相手に問いかけた。
『何かあったかな?』
機械越しの声は穏やかに響く。
「今、グランと勉強していて。終わらせたいから今日は泊まらせてもらう」
躊躇いもせず口から出た言葉に、笑う気配がした。
背中に体が密着し、腰に腕が回る。
振り払えるほどの力だが、身を任せれば肩に顎を乗せられた。
『あぁ、いつもの子だね』
疑いもせずに了承される。
今度お礼を、だとか迷惑をかけないようにと、保護者らしい台詞が続いた。
それにわかったと返し通話が終わる。
「悪い子だ」
囁かれ、耳を噛まれた。
「ん、う」
大きな手のひらが、体を撫でていく。
それだけで簡単に反応してしまう。
「じゃあ勉強しようか、サンディ」
相手はオレだけど、と楽しげに笑った。


「イイモノをあげよう」
そう言って手渡されたのは、錠剤のシートだった。
四つの内、一つ使用されている。
名称などは何も書かれていない。
薄暗い明かりの中、白いそれはまるで普通の薬だという顔をしている。
渡してきた相手のこともあり、とてつもなく怪しい。
過去の行いを振り返れば、良い物であった試しがない。
顔を見てもにやにや笑うだけで、仕方なく口を開く。
「何の薬だ」
「惚れ薬」
禄でもないと思っていたが、想像以上にくだらない。
「相手に飲ませれば効果覿面、一瞬でキミにメロメロさ」
胡散臭いセールストークが似合いすぎて笑ってしまう。
「下らんな」
突き返そうとすれば、きゅっと手を握られた。
顔が間近に迫る。
「ルシフェルに飲ませてみれば?」
出てきた名前に、相手を睨みつける。
おーこわい、と笑いながら体が離れていった。
惚れ薬、そんなもの実在するわけがないのに。
愛されたい、愛して欲しい、ほんの一瞬でも。
手のひらのそれが魅力的に思えた。
「シャワー先浴びる?」
口に含めば、表面が甘い。
問いには答えずに、男のシャツを引っ張り唇を寄せる。
舌を差し出せば、相手の口内へと招かれた。
押し込んだ薬が砕け、苦みが広がった。
じゅ、と唾液ごと舌を吸われる。
体を離そうとするのに腰を抱かれてしまう。
臀部を撫でられ、肌が震えた。
口付けは終わらず、更に強く吸われ、擦られた舌が痺れてくる。
「っん、う」
どん、と胸を叩いてようやく顔が離れていった。
「オレのこと好きなの?」
「俺も飲んだから、そうかもしれない」
数の減った薬を見せれば、おかしそうに喉で笑う。
「パパに連絡した?」
「いつもしてるだろ」
「それはよかった」
すぐ後ろのベッドに二人して倒れ込む。
さぁ、残りの一錠は誰に使おう。


休日の午前中。
アパートのインターホンを押した。
進学を機に一人暮らしを始めたサンダルフォンの部屋だ。
血の繋がりはないが、息子として愛している。
幼い頃に引き取って、もう十年以上になる。
昔は仕事が忙しく寂しい思いをさせてしまった。
そして現在は立派な反抗期に突入している。
家を出た頃は毎週通おうとしたのだが拒否された。
「用もないのに来なくていい」
と。
なので、今日は近くに用事があるという体でやってきた。
いや実際に午後から予定がある。
無理矢理作ったわけではない。
事前に連絡をすればきっと来なくていいと言われるので告げていない。
朝から外出している可能性もあったが、窓を見上げたらカーテンが開いていた。
きっと起きているだろう。
「ハイハーイ」
しばらくして、室内から物音と声が届く。
記憶にある声とは随分違う。
しかし聞き覚えがあるような。
「荷物?」
解錠され、声と共に扉が開く。
欠片も想像しなかった相手がそこに立っていた。
「何故君が」
ジーンズに、シャツを羽織っただけ。
髪が濡れていて首にはタオルをかけている。
先ほどまでシャワーを浴びていたような出で立ちで。
「何故って、見たまんまだろ?」
「……サンダルフォンは?」
「それ聞く?シャワー中だけど」
ふ、と笑う口元をぼんやり見つめる。
幼い頃、一人にはしておけなくてベリアルに世話を頼んでいた。
それは随分前の話だ。
家に来ないようになったのはいつからだろう。
何故、と。
疑問が沸いて正解に辿り着けない。
「ベリアル、何だった?」
部屋の奥から声が響く。
それは紛れもなく息子の声で。
「あ、何か間違いだって」
答えた顔はしれっとしている。
嘘など気にも留めないように。
「じゃあな、子離れしなよ、パパ」
そして、扉は閉ざされた。

text