明日の天気は、
家で鍋するからおいでよ、という問いかけはサンダルフォンに無視された。
それなのに、ルシフェルの名を出せばころりと意見を変えるのだから。
ちょろすぎて、ベリアルはらしくもなく心配してしまいそうになる。
指定したのは二月に入ってからの休日。
のこのこと家までやって来た。
騙されていたらどうするんだと思わないこともないけれど。
「ん」
と、突き出された袋の中身はロールケーキ。
サンダルフォンがアルバイトをしている喫茶店の物だ。
時期柄かハートのシールがちらりと見えた。
「お、ありがとー入りなよ」
「ルシフェルは?」
「二人はもう少し時間かかるって。ちょっと手伝ってよ」
「……わかった」
コートを脱ぎながら、渋々というように頷いた。
鶏の水炊きはすでに煮込んでいて、残る準備はそれほどないのだけれど。
二人並んでキッチンに立つ。
これ切って、次はこれ、と指示していくと黙々と従った。
「そういえばルシフェルと会ってない?」
「連絡できていたらこんなところに来ない」
「だろうな」
つみれの材料を混ぜながら頷く。
家業を継ぐため忙しくするルシフェルに、サンダルフォンは邪魔をするようなことはできないと言う。
連絡すら取っていないというのは、事実なのだろう。
今回集まることになったのは、ルシファーにアレを呼べ、と言われたからだった。
ファーさんも大概甘いよな、と思うが口にすることはもちろんない。
「さっさと告白でも何でもすればいいのに」
「そんなんじゃないと何度言ったらわかるんだ」
どん、と。
追加の白菜を切り落とす。
見上げる瞳はうんざりしていた。
「端から見たらそうじゃないさ、盲目な憧憬は恋愛と大して変わらないだろう」
「じゃあ」
その先に続く言葉は、来客を告げるインターフォンの音で途切れた。
「ファーさん達だな、行ってきてサンディ」
促せば、不満げに視線をさまよわせ従った。
無垢の一枚板でできたテーブルはこだわりの品であり、冬に入ったら抜け出せないこたつ仕様。
ふっかふかのこたつ布団は省スペースなどという謳い文句が通じない、ボリュームと手触り。
サンダルフォンが二人を伴って戻る前に、卓上コンロの上に鍋をセットした。
辺りには食欲をそそる香りが広がる。
「いらっしゃい」
声をかければ、二人のコートを預かるサンダルフォンがちらりと見えた。
そしてルシフェルから差し出されたのはワインボトル。
どうもと返して、先にこれを開けるべきだろうと中身を取り出す。
ソファを背にするようにルシファーが座り、向かいにはルシフェル、その横にサンダルフォン。
必然的にベリアルはサンダルフォンの向かいの席となる。
キッチンへ立つにもちょうど良い位置。
手際よくワインのコルクを抜き、用意してあったグラスに注いでいく。
「お疲れさま、ハイ乾杯」
軽くグラスを合わせ口を付ける。
飲み慣れていないのか、サンダルフォンは微妙な表情になった。
「薬味そっち、好みで足して」
ベリアルがそれぞれの器に取り分ける。
具を追加する合間に自身も食べ、グラスを空けた。
「ファーさん、つみれ煮えるまで待って」
「チッ」
「サラダも食べてね」
料理を運びつつ鍋の面倒も見る。
新たなワインとともに持ってきたビールをサンダルフォンの前に置いた。
「サンディも食べなよ、もうちょっと肉付けた方がいいんじゃない?」
「うるさい」
ギロリと睨みつけながら、プルタブを開けた。
その後はどんどん鍋から具が消えていく。
アルコールの消費も同じくだった。
軽く酔いが回ったサンダルフォンは嬉しそうに笑いながら、ルシフェルの言葉に耳を傾ける。
見ていたら、悪戯心がむくむくと顔を出した。
そっと足を伸ばし、サンダルフォンの膝をすり、と撫でる。
ひく、と肩が震えるのが見て取れた。
視線だけベリアルに向け睨むが、素知らぬ顔で鍋をつつく。
「ファーさんもっと食べる?」
「肉」
「はいはい」
自らワインを注ぎグラスを空けていくルシファーの器につみれと白菜を入れた。
その間も、サンダルフォンは逃げようと腰を動かす。
けれど、後ろに下がりすぎるのは不自然と思ったのか逃げきれない。
開いた膝の間、更に足先をつっこみすりすりと内腿を撫でる。
「サンダルフォン、顔が赤いね。酔ったのかい?」
ルシフェルがほんのりと染まった頬を撫でた。
そこでようやく膝を閉じたのだが、太股の間にはベリアルの足を挟んだまま。
「いえ、大丈夫です」
「本当に?」
覗き込むように顔が近づく。
頬の赤さが増した。
「本当です!」
押さえつける太腿などものともせず、更に足を伸ばし中心をやんわりと踏み込む。
サンダルフォンの身体が強ばった瞬間。
ガンッ、とこたつの下で音が響いた。
「どうかしたのかい?」
「何も」
変わらぬ無表情の問いに、ルシファーがグラスを空けながら答える。
膝の痛みに笑いそうになりながら、ベリアルは足を引っ込めた。
シメの蕎麦まできっちりと食べ尽くし、こたつの上はすっかり綺麗になっていた。
ワインも数本空になっている。
テレビからは今日のニュースが流れ、いつの間にかサンダルフォンは横になり眠ってしまっていた。
寝顔は随分かわいいものだ、と普段の表情と比べてしまう。
すり、と火照った頬を撫でた。
「ん、んん……」
柔さを堪能するようにつついてやれば、低く唸る。
指から逃れるように首を振り、うっすらと目を開けた。
横に座るベリアルに気付き、眉を寄せる。
「……ルシフェルは」
寝起きの掠れた声が届く。
「二人とも明日早いからって」
「あぁ、そうか、帰ったのか」
家絡みで色々あるのだと察したのか言葉が途切れる。
「寂しい?」
「ん」
暑いのかごそごそと身じろぐ。
こたつ布団を煩わしそうに胸の辺りまでずらした。
「会いたいなら会いたいって言ってやればいいのに」
「またそれか」
呆れたような表情はもう見慣れたものだ。
「お前はどうなんだ」
唸るような声だった。
迷って躊躇って、口を開く。
「俺がそうだって言うなら、お前だって」
言葉を続けようとした口を掌でふさぐ。
その先は口にしてはいけない。
「違うよサンディ」
むにり、と手に力を込めて頬を揉んでやる。
「オレとキミは同じじゃない」
幼子に言い含めるように告げる。
揺れる瞳をじっと見つめた。
口をふさぐ手をはがすために腕に触れた指は、熱かった。
「それなら」
「サンダルフォン、起きたのかい?」
響いた声に、表情が強ばった。
はっとしたように起き上がるが腕をぶつけ低い声で唸る。
コーヒーを持ってキッチンから現れたルシフェルを呆然と見つめる。
ちなみに、向かいのソファには脚を組んで座るルシファーがいた。
「ロールケーキを持ってきてくれたんだね、美味しそうだ」
「いえ、そんな、バイト先の物で」
目の前に置かれるコーヒーに恐縮するように首を振る。
ルシフェルの視線が外れた隙に、何をさせているんだとベリアルを睨んだ。
「チョコだっけ?バレンタインかな?」
フフフ、と笑いながら立ち上がる。
つけたままのテレビから、明日の天気を告げる声が聞こえてきた。