夢の中で過去の自分と遭遇したサンダルフォンが刎ねたり絞めたりする話。
苦手な方はご注意ください。


夢の中で

ぱっと目を開けた先、生い茂る木々の緑に一瞬呆けた。
空に広がる蒼など、最後に見たのはいつのことか。
視線を巡らせれば、見覚えのある景色が広がっている。
「研究所……」
木々の合間に見える建物に体が強ばって、思い出す。
本来自分がいる場所を。
空を覆う雲と、眼下に広がるのは赤き地平。
光も緑もないそこが、サンダルフォンの居場所であった。
あぁ、これは夢かと気が付く。
葉へ手を伸ばせば、ちゃんと感触がある。
よくできた夢だなと感心したところで、背後の低木ががさりと音を立てた。
はっとして振り返れば、少し驚いた表情の。
「どなたですか?」
中庭にいた頃の、己と対峙した。


じっとりと、嫌な汗が浮かぶ。
薄暗い場所で目覚め、呼吸が浅くなっていると気づく。
「はは、やっぱり夢じゃないか」
目の前の格子が、檻に入っているのだと知らしめてくる。
外に見えるのは、光を遮る分厚い雲。
ここへ入れられてから変わらないその景色。
あれからどれほどの時間が過ぎたことか。
夢の記憶は鮮明で、溢れる光も、触れた葉の感触も残っている。
まるで未練があるようで、ぎり、と唇を噛んだ。
そんなわけがない。
二度と戻ることはない。
尽きることのない生を、ここで費やすだけだ。
憎しみは消えることなくくすぶり続けている。
しかしもう、それをぶつける場所もない。
何も知らないあの無垢な表情にぞっとする。
疑うことしないその瞳にも。
過去の己の、なんと醜いことか。
あんな夢に安らぎなど見出してはいけない。
希望などとっくに捨てたのだから。
「あぁ、よかった目がさめた」
そう言って、赤い瞳が覗き込む。
きっと自分と同じ色をしている。
手を握りしめれば、剣の柄が顕れる。
やはり便利な夢だ、と感心しながらその首を切り落とす。
二度目だな、と思ったときにはその夢は醒めていた。
相変わらず目の前には檻があり、その向こうは薄暗い。
握った剣などもちろん存在しない。
前回より冷静でいられることに少しほっとした。
二度と夢を見ないためには眠らなければいいのだ。
本来、天司に休息など必要ないのだから。
それでも肉体の維持はできる。
けれど、長い時間を過ごす中、ぼんやりと意識が途切れることがある。
長すぎて、あまりにも長すぎて。
気が付けば同じ夢の中にいる。
あの頃の中庭に。
数えるのを止めた時、過去の己を殺すことも止めた。
夢を見ていようといまいと、時間は過ぎるのだ。
ならばもうどうでもいいと思えた。
「貴方は星の民ですか」
「は」
思いがけない問いに、間抜けな声が漏れた。
「ーーー様は似ていらっしゃるので、俺にも似た方がいるのかと」
「俺も天司だ」
瞳が輝く、問いたいことがわかってしまった。
「役割はないけどな」
その落胆も、痛いほどよくわかる。
繰り返すのか、ここで、再び。
それはきっと逃れられないのだろう。


幾度も夢を見た。
光と闇を繰り返し、感覚が曖昧になっていく。
今の己はどこにいるのか、と。
「珈琲を飲みませんか」
知っていますかと言葉が続き、身振りを添えて説明する。
「あぁ、頂こう」
ふわりと香りが漂う。
「ーーー様が」
そう言って話す内容を知っている。
幾度も反芻した過去のことだ。
そうかと頷きながら口にした珈琲は懐かしい味がした。


記憶を辿り、時間が迫っているのがわかる。
空の蒼も、葉の緑も、射し込む光も。
ただの逃避であると理解しているのに。
見慣れた場所を移動すれば、テーブルの上に湯気を立てる珈琲が準備されていた。
横に佇む男が顔を上げ、淀んだ瞳がこちらを向く。
あぁ、その絶望を、知っている。
「ダメだ」
駆け出そうとするのを、手首を掴んで引き留めた。
触れるのは初めてのことだ。
「あんたは何を知っている」
「何も」
知らなかった、あの時は何も。
今だって、知っているのはほんの一部だ。
いてもいなくても変わらない、取るに足らない存在。
何故か廃棄されず、檻に入れられて。
尽きることのない生を喰い潰す。
己の記憶を反芻しているだけなのだから、行き着く先は同じだ。
掴んだ手を振り解かれそうになり、ぐっと力を込めれば二人して地面に倒れ込む。
土の匂いまで本物のようだ。
「何も、何も知らなければ良かった」
止めても変わらない。
次はきっと、夢の中でも光のない世界だろう。
それなのに。
地面に押しつけた自分自身の首を絞める。
もう終わらせてしまえばいい。
これで最後だと。
「何もしなくていい」
肌の震える感触が伝わる。
ふ、と。
過去の己が笑う。
「なぁ、それはあんたの願望だろう?」
首に指が掛かった。
力がこもり、体勢を反転させられる。
もがくが、互角なのか満足な抵抗ができない。
こんな時だけ都合の悪い夢だ。
「簡単に死にたい?はっ、忘れたのか、苦しみを、惨めさを」
「っう……」
爪が皮膚に食い込む。
「お前をここへ押し込んだのは誰だ?」
顔が近付き、囁く声が落ちる。
その瞳は自分自身を映す。
「思い出せ、あの憎しみを」
「っは、ぁ、ぁ」
指が解けるが抜け出すことができなかった。
大きく息を吸い込み体が震える。
「さぁ、審判の刻だ」
振り下ろす剣の向こう、眩い光に目を閉じた。


はっと目を開ければ、変わらぬ景色がそこにある、はずだった。
分厚い雲がうすら明るい。
檻に近付けば、頑丈なはずのそれが砕ける。
「何故だ」
雲の隙間から、光が射し込んでいた。
その先にはきっと、青い空が広がっている。
バサリと音が響く。
羽を出したのなどいつぶりか。
休息は十分だ。

夢はもう、必要ない。

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