研究所時代のベリとサンとフェとファでキスリレー


kiss

「やぁサンディ、何をしているのかな?」
中庭に響いたその声に、サンダルフォンはぱっと顔を上げる。
視線を向ければ、すぐ傍に立っていた。
「補佐官様!」
この研究所でサンダルフォンに声をかける者は少ない。
しかも用事を言いつけるわけでもなく、ただ話しかけるのはルシフェル以外にはこの男しかいなかった。
「ルシフェル様に頂いた図鑑を見ていました」
宝物ですと告げ、眺めていたページを見せた。
色とりどりの花が描かれている。
「へぇ、綺麗だね。好きな花はあったかい?」
「花ではないですが、この赤い実が気になります」
つやつやとした小さな実が可愛らしい。
「補佐官様の瞳と同じ色ですね」
「キミの瞳も同じだよ」
覗き込むように見つめられ、瞬く。
そんなことは考えもしなかった。
「お揃いだね」
少しひんやりした指先がそっと目元を撫でていく。
他の誰かとの接触に慣れていない体が強ばった。
距離が縮まり、咄嗟にきゅっと目と閉じる。
小さな音を立て、鼻先に唇が触れた。
驚いて目を開けば、ゆるりと弧を描く口元が目に入る。
「キミの宝物を見せてくれてありがとう」


中庭を覗き込めば、椅子に座るサンダルフォンの姿が目に入った。
迷わず近付けば、その手元には前回会ったときに渡した図鑑があった。
「サンダルフォン」
声をかけたところでようやく気付き、顔を上げる。
ふわりと笑みが浮かんだ。
「ルシフェル様」
立ち上がろうとするのを手で制し、椅子を引いて横へと座る。
ほんのりと赤く染まる頬が好ましい。
「その図鑑は気に入ってもらえただろうか」
「はい、俺は研究所から出たことがないので、こうやって知ることができて嬉しいです」
他意のない、素直な言葉が届く。
「いつか本物も見てみたいです」
儚い願いを口にして、愛おしそうに指が紙を撫でる。
「この白い花がルシフェル様みたいで」
「私は君にそう見えているのだろうか?」
示す先には白い細かな花が描かれていた。
「すみません、失礼なことを」
「いや、私を思ってくれて嬉しいよ。理由を聞かせてもらえるだろうか」
「あの…‥とても美しくて、ルシフェル様の羽のようです」
そっと顔が寄り、目元に口付けが落ちた。
「素敵な図鑑をありがとうございます、大切にします」


ノックの音に入室を許可すれば、すぐに扉が開いた。
「報告書か」
ちらりと確認してすぐに視線を手元に戻す。 
「島の調査結果だ」
机の端に紙の束が置かれた。
「そうか、戻っていいぞ」
常ならばすぐに指示に従うが、気配がそこに残った。
何かあるのかと顔を上げる。
「友よ、以前譲り受けた図鑑のことなのだが、サンダルフォンに渡したところ大変気に入っている。他の島へ出たことのない彼は見たことのない花々に興味があるらしい。咲き方を想像して思いを馳せる姿がとても可愛らしく様々なことを話してくれる。私も外で見た植物の話を聞かせてあげることがとても楽しい。彼を連れ出す許可が下りないのはわかっている。その代わりに今度苗や種を持ち帰って中庭で育ててもいいだろうか」
饒舌な語りは普段と違い、ぼんやりと聞くことしかできなかった。
何と言った、今。
けれど聞き返してもう一度繰り返されたくもない。
「……好きにしろ」
絞り出すような声が漏れた。
椅子の背を掴み、ぐっと体が寄った。
見下ろす瞳が間近に迫る。
「ありがとう、友よ」
軽く、額に唇が触れた。


窓から温かな陽が差し込む、執務室。
「ベリアル」
呼ぶ声に、どうしたのと軽く問いながら近付けば、ちょいちょいと更に近くへ手招かれる。
「内緒話?」
くつりと笑い屈めば、頬に唇が触れた。
その直後。
「え、痛い痛い、何、お腹空いてるの?ファーさん」
がぶりと頬を噛まれた。
口ではそう言いながらも逃げようとはしない。
傷にはなっていないだろうがガシガシと歯が当たる。
しばらくすると満足したのかなんなのか、唐突にその行為が終わり体が離れていく。
ほんの少し痛みの残る頬をするりと撫でた。
「昔お前が持ってきた図鑑をルシフェルが中庭のアレに与えたらしい」
手元の書類に視線を落としながら、淡々と告げる。
先ほどの行為との接点が見つからない。
「へぇ」
片付けようと積み上げられた本を手に取って、返す声は興味のなさそうな物だった。
「気に入ったそうだ、珍しく無駄にならずにすんだな」
「そりゃよかった」
では次は何を持ってこようか。
言葉には出さず、自身と同じ瞳を思い浮かべた。

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