四月の魚
「僕の初恋は、幼稚園の時。
ふわふわとした焦げ茶色の髪に、熟れた苺みたいな瞳の子。
幼稚園で一番かわいかった。
一目惚れして、仲良くなって。
大きくなったら結婚しようねと誓ったんだ。
小学校に入学する前にその子は引っ越して、いつの間にか音信不通になってしまった。
今思えば子供の戯れ言かもしれない。
でも、僕はその言葉をずっと信じていて。
再会したんだ、高校の入学式で。
焦げ茶の髪も、甘い瞳の色も変わってない。
かわいかったその子は、とてつもないイケメンに育っていて」
「おいグラン」
名を呼ばれ、言葉を切った。
視線を向ければ、何か信じがたい物でも見たような瞳を向けられる。
とろりと甘く、美味しそうな。
「俺達は幼稚園から小中高と一緒で、一度も引っ越したことなどないな」
「うん」
「大学も一緒がいいと言い出して勉強中だな」
テーブルの上には問題集。
春休みにサンダルフォンの家で一緒に解いていた。
「ところで君の初恋は俺じゃなかったのか?」
「あー、そこ最初にツッコむんだ?」
「かわいい女の子じゃなくて悪かったな」
若干引いた表情から、余裕たっぷりの上から目線へと変わる。
かっこいい、とてつもなくかっこいい。
「そうだよ、サンダルフォンだよ、現在進行形で好きだけど何か問題でも?」
問題など山積みに決まっている。
性別のこともそうだ。
本当に一目惚れの初恋で、最初は女の子だと思っていた。
すぐに同性だと気づいたけれど。
だからといって何が変わるわけでもなかった。
大好きな友達、と思っていた。
小学校に入学してからは男の子らしく成長していくが、綺麗な顔立ちは変わらない。
女の子に大層モテた。
これこそまさに現在進行形。
そして本人は興味がないと冷たく断る。
それが回りの男を敵に回す、それすら無関心。
傍にいられるのが自分だけという優越感に浸っていた。
お前等できてるんじゃないか、とからかわれたのは中学生の頃。
言われて、初めて自覚した。
抱いた気持ちは友情だけではなかったと。
「さっきの話に続きはあるのか?」
「それ聞いちゃうんだー」
ぎゅ、と横にあったクッションを抱えて転がる。
ふわりとサンダルフォンの香りがして、ちょっとまずいなと脳天気なことを考えた。
「物語はたいていめでたしめでたしで終わるんだよ」
現実はそうはいかない。
そんなこと知っている。
「ずるいよね、サンダルフォンは。知ってて僕を受け入れもしないし、突き放しもしてくれない」
勝手なことを言っている自覚はあった。
さっさと自分から離れるべきだったのに、欠片もない望みがどこかにないか探してしまう。
いつか、彼の隣に女性が佇む姿なんて想像したくなくて。
「だから、劇的な再会でもしたら僕のこともうちょっと意識してくれるのかなって。そんなこと言ってみたかっただけだよ」
「俺は、君と過ごした十年以上の時間をなかったことにしたくない」
思いの外真剣な声音に、クッションを抱えたまま起きあがる。
「僕だってそうだよ、修学旅行楽しかった」
「君がお人好しを発揮して、老人の道案内に付いていって二人ではぐれて怒られたな」
「運動会活躍したでしょ!?」
「最後エネルギー切れでよくぶっ倒れてたな」
「ぐぅ、でも優勝した……よね?」
「さぁ?君に付き添っていたからあまり覚えてないな」
何でもないことのように言いながら、柔らかく笑う。
「君は俺と違って友人が多いだろう」
寝転がって乱れた髪を、ほっそりとした指に直された。
「仲の良い女の子も多いじゃないか」
「それこそ『良い人』止まりだよ」
他の誰かなんて好きになれなかったから、困る。
今日だからと口にして、嘘にしてしまうこともできなかった。
「なぜ俺が、君を何とも思っていないと思うんだ」
むにりと、頬を挟まれる。
どんな顔になっているのか考えるのも怖い。
「俺だって君のことは好きだ」
そんな、衝撃的な言葉が届いて。
急いで腕を掴んで手を剥がす。
「え、それってラブ的な意味で?」
「思うように解釈して構わない」
ふいっと顔を逸らされた。
耳がほんのりと赤くなっている。
「いや、だって、それ、都合よく取っちゃうよ?それでもいいの?」
距離を詰めて問えば、構わない、と同じ言葉が返る。
心臓が大きく音を立てた。
顔が熱を持つのがわかる。
そっと肩に触れればこちらを見てくれた。
交わる瞳はあの頃と変わらない。
「サンダルフォン」
触れてもいいのだろうか。
互いに距離を詰めかけたところで。
ガチャ、と無遠慮に扉の開く音がした。
「サンディ、ゴムとローションならあるけどいる?あ、やり方わかる?」
上機嫌な声が届き、クッションが宙を舞った。
「入ってくるな変態!」
ぱふりと軽い音を立て扉に当たる。
既に人の姿はなく、意味深に置かれた紙袋だけが残っていた。
赤く染まった頬と、少し潤んだ瞳に気づく。
僕の初恋の人は、やっぱりかわいいなぁ。