日々是

夢を見る。
無機質な研究所、穏やかな中庭、己のものではない記憶。
赤き地平、手にした重み、幾度悔いても果てがない。
パッと目を開き、今いる場所を探る。
堅いベッドと、騎空艇の動力音が聞こえ、空の上だと理解する。
窓の外は夜明けの色をしていた。
夢の内容を反芻し、どろりと胸の奥が淀む気がした。
明確な感情として表せないのがもどかしい。
「俺はいつまで……」
繰り返すのか、その答えをもうわかっているのに。
瞬いて、扉に視線を向ける。
もう慣れた気配がすぐそこへ近づいてきた。
「よぅ、サンダル~起きてるか~?」
無遠慮に扉を開け、気遣いなど欠片もない声が届く。
上半身を起こせば、ぽんと頭の上に乗ってきた。
今更文句を言う気にもならない。
「どうしたぁ?元気がねぇな?」
「朝から騒々しくされればな」
ベッドから抜け出すが、揺れても頭上から離れない。
それもいつものことだと思っていると。
「おはよう、サンダルフォン」
顔を覗き込みにこにこと笑って。
底抜けに明るい声音が、夢の内容などかき消してしまう。
なかったことにはならないけれど、それでも。

「おはよう」



天司に人と同じ食事は必要ないが、摂取すればエネルギーに変換され肉体の維持に消費される。
騎空艇では人に混じって生活し、その習慣に倣う。
食堂でパンやシチューの乗ったトレイを受け取り、人のいないテーブルに座った。
すると。
「ようよう、いいもん食ってんじゃねーか」
いつもの頭上ではなく、肩にビィが乗った。
身を乗り出してトレイを眺める。
視線の先には、カットされた林檎が一切れ乗っていた。
「食べるか?」
元々必要ではない食事だ。
問えばキラキラと瞳を輝かせるので悪い気はしない。
「いいのかぁ?」
嬉しそうに問いながらも、その手はずいっと伸びてきた。
持ち上げて手渡そうとし、触れる寸前にかわす。
「おまっ……相変わらずのひねだるふぉんだな!林檎の恨みは深いんだぞ!」
叫びながら、髪を掴みぎゅうぎゅうと引っ張る。
「痛い痛い、悪かった、冗談だ」
「やって良いことと悪いことがあるんだからな!今度やったら毛根まで引っこ抜くぞ!」
「あぁ、悪かった。ほら、食べるんだろう」
もう一度目の前に差し出せば、髪を握ったままでサンファルフォンの手から食べていく。
何かあれば手に力を込める気満々だ。
シャリシャリと音が響き、あっという間に食べきった。
満足げな吐息が届く。
口元に付いた果汁を拭えば、指先をぺろりと舐められて。
「ありがとよ、サンダル!」
「どういたしまして」
用は済んだとばかりに肩から重みが消えた。
ふらふらと飛んでいるので、次のターゲットを探しているのかもしれない。
それを見送りつつ、先ほどから背に感じる鋭い視線が離れていかない。
さりげなく振り返ろうとすれば、それはすっと消えていった。
不思議に思いつつ、改めて目の前のトレイに向き直る。

「いただきます」



バァン、と扉が開けられるのはもはや日常であった。
しかし艇内が寝静まった頃とは珍しい。
ぼんやりと本を読んでいたが顔を上げる。
「サンダルぅ……」
その弱々しい声音も珍しい。
「どうした、怖い夢でも見たのか?」
からかうように、いつか誰かの言っていた言葉をかければ、図星だったのかぐぅ、と言葉に詰まる。
「そ、そんなんじゃねぇよ!サンダルが寂しいんじゃねぇかと思って見回りに来てやったんだ」
ふよふよと近づいてくる。
まるでランタンの明かりを求めるように。
「そうか、じゃあちょうどよかった」
本をサイドテーブルに置き、ブランケットをめくる。
「今日は少し冷えると思っていたんだ、君がよければここで寝ないか?」
「お、おう!しょうがねぇな、ささむだるふぉんのためだからな!」
「あぁ、悪いな」
するりと横に潜り込み、もぞもぞと体勢を整える。
「グランはどうしたんだ?」
「んんー、グランは……ラカム達と航路のよて……を……」
余程眠かったのかすぐに眠りへと落ちていく。
ランタンの明かりを消し、身を寄せてブランケットをかけ直す。
抱き枕には固そうだが、とても温かい。
「いい夢を、ビィ」

「おやすみ」



肩を押され、ベッドに上半身が沈む。
頬を撫で、顔を寄せられた。
「最近よく赤き竜が突然やってくるんだ、見られて困るのは君じゃないか?」
口付ける前に告げれば、ほんの少し笑う。
「大事な話をしてるから入って来ちゃ駄目だよ、って言ってあるから大丈夫」
普段より大人びた顔は、昼間とは全然違う。
ぼんやり見上げるが、あぁ、と思った。
近づく顔を掌で遮って、被さるグランの下から体を抜いた。
「え、嫌だった?」
ショックを抑えきれない声に、軽く首振る。
その直後。
「なぁサンダルぅ、グランの奴来てんだろ?」
相変わらず遠慮もなく開けた扉からビィが姿を見せた。
「お、いるな!……何寝てんだぁ?」
ベッドの上に突っ伏すグランを見て、不思議そうに首を傾げた。
「何でもないよ。どうしたの、ビィ」
ベッドから体を起こし、いささか表情を固くしてグランが問いかける。
そんな変化は悟られなかった。
「この前渡したアレ、探したけどどこにあるかわかんなくってよ」
「あぁ……戸棚の一番下に入れておいたよ」
「そこか!大事な話邪魔して悪かったな、ありがとよ!」
明るい声を残し、赤い姿は消えた。
「グラン?大事な話はどうするんだ?」
笑ってしまいそうになりながら問いかけた。

「また今度」

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