接触
幾度も訪れている島は穏やかな人が多かった。
騎空挺の整備もかねて数日停泊する予定になっている。
その日の酒場での食事は、人が多いので一部屋貸し切った。
ルリアや酒に弱い者達は早々に宿へと帰っている。
グランも長居をする気はなく、少し今後の予定を話そうとしていたのだが。
団員は酒好きが揃っていて、飲むペースが早い。
気付いたときにはそれなりにできあがっていた。
「いやだから次の」
「んなことより飲め飲め」
目の前にあったグラスに酒が注がれそうになり、さっと避けた。
このままでは話は進まないだろう。
「僕はもう先に帰るね」
「なんだって団長?」
「みんな飲み過ぎないようにね!」
一応釘を刺しておくが、どれくらい効果があるかはわからない。
問題なく帰ってくれと思いつつ、部屋を出て店主の元へと向かう。
「騒がしくしてごめんなさい」
「いや、大丈夫さ」
店主は気さくに笑ってくれる。
島に寄る度に訪れていて、顔も覚えられていた。
「君があの騎空挺の団長さん?」
グランの背に、若い男の声がかかった。
酒場でこんな風に声をかけるのは絡んでくるような相手が多い。
年若く、舐められているのだろう。
そう思えば、表情を引き締めて振り返る。
しかし、そこにいたのは柄の悪い酔っぱらいではなかった。
数人いるかと思いきや一人で。
「あぁ、失礼」
そう言って、被っていたフードを外す。
現れたのは整った顔立ちで、赤い瞳を向けられる。
「若くて凄い団長さんがいると聞いたから、少し話してみたくて。よかったら話を聞かせてくれないかな、もちろん俺が支払うよ」
どうしようかと戸惑えば。
「旅の方みたいだよ」
そう店主に声をかけられ、少しならと青年の隣へと座った。
近くに仲間もいるし大丈夫だろう、と考えて。
「俺も最近外へ出られるようになったんだ。面白い島があれば教えてくれないか」
微笑んで問われると、悪い気はしない。
そういえばずっと走り続けていて、振り返ることはあまりしなかった。
常に精一杯だったとも言える。
青年に話しながら、懐かしく思う。
目の前の飲み物がなくなりそうになった時、きゅ、と掌が重なった。
剣を握ったことも、畑仕事をしたこともないような、すらりとした綺麗な指をしていた。
外へ出られなかったのは病弱だったのだろうか。
「俺の部屋で飲み直さないか?」
ぼんやりしていたせいか、いいよ、と頷いていた。
手を引かれて立ち上がったところで我に返るが、もう遅い。
金貨を店主に渡し、気付いたときには店から出ていたのだった。
まだ子供だな、と思った。
手を引けば簡単に引き寄せられる。
背後から戸惑う声は聞こえたけれど。
それを無視して、借りている宿へと向かう。
睡眠は必要ないが、役に立つ時がきた。
「椅子でもベッドでも、好きなところへどうぞ」
声をかければ、お邪魔しますと小さく答えて部屋の中を歩く。
辺りを見回してからベッドへ座った。
随分と警戒心が薄い。
何かあっても逃げられると思っているのだろうか。
それならば大した自信があるのだろう。
「ワインくらいしかないが、それでいいかな……あぁ、寝てしまったのか」
ボトルとグラスを手に振り返れば、座ったはずの体がベッドに横になっている。
テーブルにボトルを置いて、横に腰掛ける。
揺れても目覚めないとは、鈍感すぎないか。
「ん……」
顎を撫でれば、くすぐったいのか身を捩る。
それでも起きる気配はなかった。
寝顔はさらに幼く見える。
「君は、こんなに無防備でいいのかな?」
指を滑らせ服を開いてみれば、鍛えた体がそこにあった。
「ほぅ」
これから変異していくであろう肉体だ。
肌を撫で、戯れに、その首に指をかける。
力を込めれば簡単にその命を奪えるだろう。
掌の下、血の巡る感触が伝わる。その生を訴えかけてくる。
これほど深く寝入るとは、疲れているのだろうか。
空の民も厄介な物だ。
「……まだ、目的は果たせていない」
首から手を離すが、痕も何も残っていない。
「あまり君と長く接すると悟られてしまうかもしれないな。そろそろ誰か探しにくるかな?」
ベッドから降りれば、うぅん、と眠そうに唸る。
「おやすみ、良い夢を」
囁いて、額を撫でる。
「次に会える日を楽しみにしているよ、特異点」
果たして彼は覚えているだろうか。
窓を開き、空へと飛び立った。
異形の羽が闇に消える。