おもい
「あなたが好きです」
人生初めての告白は。
「君、高校生だろう」
呆れた表情で拒否された。
家の近くの小さなカフェ。
外観が店舗に見えないせいか客は少なく、店長一人で切り盛りしている。
オープンと表示されたドアを開けば、カランと小さな音がする。
「いらっしゃい」
ふ、と軽く笑って迎えられる。
いつも座るカウンター席の横には、先客がいた。
「テーブルにするか?」
「いや、大丈夫」
一つ席を空けて座れば、軽い会釈をされたので慌てて頭を下げる。
幾度も見かけたことがある、常連の人だ。
見かけるときはスーツ姿で、珈琲を飲みながら本を読んでいる。
「カフェオレとサンドイッチ?」
「うん、今日は暑いからアイスがいいな」
よかった普通の声が出た。
にこりと笑って少々お待ちくださいと告げられる。
待ち時間は勉強するなりなんなりすればいいと思うのに、珈琲を煎れる手元や準備する姿を眺めてしまう。
ふわりと香りが広がる。
目の前にカフェオレとサンドイッチが置かれたところで、横の男性が立ち上がった。
そろそろ帰るよと告げる。
ストローに口を付け、こっそりと視線を向ける。
会計の後、そっと手に触れて。
「また来るよ、サンダルフォン」
「お待ちしています」
どちらの声も穏やかで、あぁ、やっぱりなと思ったら。
「なぁ、アレで付き合ってないんだぜ、信じられるか?」
無遠慮に肩を組んできた、もう一人の顔見知り。
近くの洋菓子店のパティシエらしく、ケーキ類を配達しているらしい。
今も、音もなくバックヤードから出てきたんだろう。
さぼりなのか休憩なのか、声をかけられるままに答えていたら気付けば横に座られるようになった。
「おい、子供に絡むな」
見送ったのか、一段低くなった声がかけられる。
「絡んでないって。奥に置いといたから確認しといてよ」
チッ、と舌打ちの音が響いた。
険しい表情でバックヤードへと消える。
「アレ詐欺だよなぁ。で、サンディに告白して振られたって?」
ぐぅ、と妙な声が漏れる。
何で知ってるんだと睨みつければ。
「あ、サンディから聞いた訳じゃないよ」
パンパンと肩を叩かれた。
「あぁいうタイプは一途に押してやればいい」
「今日、卒業式だったんだ」
制服のまま店を訪れれば、いつものカウンター席を勧められる。
「おめでとう。じゃあ、今日は好きな物を食べるといい」
おごりだ、とそっと耳元で囁かれた。
テーブル席に二組いるからだろう。
「……好きだよサンダルフォン、僕と付き合ってください」
推薦で進路ももう決まっている。
恐い物などないと思っていた。
「未成年と付き合うわけがないだろう」
そして、何にする?イチゴタルトがお勧めだ、と普段と変わらぬ声をかけられた。
二度目の告白もあっさりかわされた。
その後店に訪れても変わらぬ営業スマイルを向けられる。
振った相手にそういう態度はよくないと思います。
それはさすがに勝手な言い分か。
だって、高校生だから、も未成年だから、も。
時間が経てば一応解決する。
年下だから、と言われれば覆しようがないけれど。
男は無理だとか、もっときっぱり言われた方が諦めもつくのに。
営業かな、営業だろうなと卑屈になっていく。
「今日は寒いからホットにするか?」
微笑まれながら問われ、頷いた。
「チーズケーキがお勧めだけどどうする?」
「じゃあセットで」
この勢いだと、高額な壷を勧められても頷いてしまうかもしれない。
珈琲を煎れる姿を眺めながら、出会った頃を思い出す。
幼い頃に母親は他界していて、父親は数年前に海外で仕事をするからと家を出ていった。
元々仕事人間であまり家にいなかったが、本当に誰も帰らぬ家はさすがに静かで。
友人と遊んだりもしたが、頻繁に付き合わせるわけにはいかない。
帰るのも寂しく、夜遊びするほどの気力もなかった。
そんな頃にサンダルフォンの店を見つけた。
といっても夜遅くまで営業しているわけじゃない。
人が少なく居心地がよくて、店の片隅で本を読んだり勉強して過ごした。
しばらく通って、顔を覚えられた頃に。
『最近よく来てくれるだろう』
サービスだ、と目の前に置かれたのがチーズケーキだった。
それから少しずつ話すようになって。
「どうかしたか?」
「……何でもないよ」
寂しかったから、何て。
「今日誕生日なんだ、二十歳になったよ」
閉店間際に訪れて、ドアプレートをひっくり返そうとしたところに声をかけた。
驚いた表情をした後に、ふ、と口元に笑みを浮かべる。
「おめでとう、何か欲しい物はあるか?」
クローズドの表示に変えて、店内へと招かれる。
客は誰もいなかった。
「サンダルフォン」
ぎゅっと手首を掴めば、振り返って瞬く。
「次は何?卒業すればいい?」
「グラン」
距離を詰めて、逃げようとするから手に力を込める。
「やっぱりあの人のことが好き?僕じゃダメ?」
「ちょっと待て、あの人って誰のことだ」
「よくお店に来てる……」
銀髪のイケメン。
そう、イケメンだ。
付き合っていないと聞いたけれど、親密そうな距離感を何度も見てきた。
でも心のどこかで、あの人が好きなら同性でも良いのかな、とまた期待をしてしまう。
いつまでも諦められないままで。
「ベリアルか?アレは違う、からかってるだけだ」
じゃなくて。
いや本当はものすごくそこも気になるけれど。
他の誰とも違う態度を見るともやもやするのも事実だけれど。
「いやあの、銀髪の……」
「あぁ」
ふ、と微笑んだ。愛しそうに。
「そうだな、簡単に言うとあの方はここのオーナーだ」
「え、サンダルフォンのお店じゃないの?」
「俺は雇われ店長」
力の抜けた手からすり抜ける。
逆にきゅっと指先を掴まれた。
「今日は言ってくれないのか?」
細い指が絡みつく。
肌を撫でる感触に、一気に頬が熱くなった。
期待してもいいのだろうか。
「ぇ、あ、好きです」
間の抜けた、三度目の告白は。
「珈琲飲んでいくか?」
柔らかく微笑まれて、こくりと頷いた。
「え、マジであの子供と付き合うの?」
腐れ縁のベリアルにでかい声を出され、手にしていたメニューで頭を叩く。
「イッタ、手ぇ早いと嫌われるぜ?本性隠してるんだろ?」
「本性って何のことだ」
「童貞処女」
さらっと言われ、返す言葉がない。
事実だからだ。
過去に何度か付き合った相手はいる、女性だが。
流されて付き合って、数回デートし、何も進展せず自然消滅というのがいつもの流れだった。
「大人ぶってリードする?」
経験値もないのに?と笑われている気がした。
奔放に遊び回っている男から見れば実際そうだろう。
ただ、グランにどう思われているかなど考えたこともなかった。
若気の至りだとか、勘違いだと思っていたから。
自分のどこに惹かれているかなど見当も付かないが、好かれて悪い気はしなかった。
一途で、素直で。
かわいいな、とも思う。
いつからかと自問すれば、最初からかもしれない。
想いに応えることなどできないのに、彼が店に来てくれる限りはそのままでいたかった。
今思えば随分と傲慢だ。
他の客なら適当にあしらえたのに。
「そんなサンディにイイモノをあげよう」
カウンターテーブルに置かれたビニール袋。
良い物なわけがなく、悪い予感しかしない。
「なんならオレが実践で教えてやろうか?」
中から出てきたボトルに、ようやく意味を理解した。
そうか、相手は二十歳になったばかりだ。
若いし、好奇心もあるだろう。
付き合う先、行き着くのは確かにソレだ。
目の前の男から散々セクハラじみたことはされてきたが、本気にしたことはない。
カラン、と音が響いて来客を告げる。
取り出されたボトルごと袋を掴み、カウンターの中へと隠す。
いらっしゃいませと口にしながら、今後の自分の身を案じた。