狼と梟 02
玄関に入り、ただいまと声をかける。
先にグランが帰宅しているはずだが、室内は随分静かだった。
普段ならば気配に気付いて出迎えてくれることも多い。
不思議に思いつつ手を洗い廊下を進む。
リビングのドアを開ければ、テレビの前に座るグランがいた。
少しばかり空気が重いが、何かあったかと思ったのでほっとする。
「ただいま、グラン」
「おかえりサンダルフォン、ちょっと話があるからそこに座ってくれるかな」
表情と、その声の強ばりに、あぁ、と思う。
いつかくると覚悟していた。
大丈夫、わかっていたはずだ。
ずっと一緒になどいられないと。
ここを出て行くのだろうか。
表情に出さないようにしながら、ラグの上で向かい合って座る。
「これ、どういうことか説明してほしいんだけど」
そう言って、手にしたのはリモコンだった。
録画した番組一覧が表示される。
想定していなかった問いに首を傾げるしかできない。
「……何の話だ?」
互いの言葉だけなら、浮気の証拠を突きつけられ、とぼけているようだ。
「どうせ僕の毛皮が目当てだったんでしょ」
グランが示す先。
録り溜めてあるのは海外で撮影された野生動物の番組が大半を占めている。
別にこっそり見ていたわけでもない。
「待ってくれ、どういうことだ」
まさか浮気に当たると言いたいのか。
動物の子供は可愛いし、自然の中を駆け回る姿は美しく、狩りをする様は凛々しい。
自身が不完全だと思うからこその憧れに近い。
それはグランに対しても感じていることで。
「爬虫類とか魚類は消してモフモフ回だけ残してあるくせに」
「そんなんじゃない」
「じゃあ消してもいい?」
選択された画面にはっとする。
「ダメだ、それはマヌルネコの特集回」
「……!!ネコ派だったんだ、やっぱりサンダルフォンはネコ派だったんだ!!」
時間があったので録画した番組を片付けようとして、偏った内容に気が付いた。
動物関連が多いな、と。
主に野生動物の生態を扱った番組だ。
獣の性質を持つ身としては、興味があるのもわかる。
「……やっぱり僕の毛皮目当てなんだ」
本気でそんなことは思っていない。
多少面白くないとは感じるけれど。
「体目当てみたいに言うな」
「間違ってないでしょ」
狼の姿へと変化すると、殊更愛しそうに触れられる。
可愛いと思われることも本意ではないが、好まれているのなら悪くはない。
年下という武器も存分に活用するつもりだ。
「君が」
視線が彷徨った末、手元へと落ちる。
「……俺といたら、君の未来を狭めてしまう」
消えてしまいそうな声がこぼれ落ちる。
「広大な自然の中、自由に生きたいと思わないか」
それ、を。
映像に重ねて見ているのか。
見知らぬ海外の雪山など、画面の中の世界でしかないのに。
「僕、田舎で暮らしたことないし、憧れとかもないよ?」
「そうだとしても、選択肢の一つではあるだろう」
古くは人と距離を置いていたが、今は都会で人に紛れて暮らしている者も多い。
両親が閉鎖的なコミュニティを出てから生まれたグランは、故郷を知らない。
恨み言などは聞いたことがないが、連絡など一度もしていないのが答えなのだろう。
自由に生きてほしいと願った両親の気持ちを思う。
場所などどこでもいい、サンダルフォンと一緒にいたい。
他のことなど些末なことだ。
あぁ、と思う。
何度言葉と態度で示しても伝わらない。
いつかくる別れなど、命が尽きる時だけだというのに。
「狼は一途だって知ってるでしょ?」
握った手にそっと触れれば、ようやく顔を上げる。
きゅっと唇を噛んで、何かを耐えるみたいに。
それでもこくりと頷いてくれることに安堵する。
「じゃあこれは消すね」
「え」
本当は知っている。
サンダルフォンが抱えるコンプレックスを。
自ら不完全だと口にする、その自虐が愛しい。