ルームシェア 04
グランが帰宅すると、なにやら騒がしい気配がした。
きつく言われている手洗いうがいを行ってからいつもいるリビングに向かうが、声はキッチンから聞こえてきた。
「ただいま……?」
声をかけるとようやく、グランの帰宅に気付いたらしい。
おかえり、と二つの声が重なる。
「何してるの?」
「恵方巻きだよ」
そう言ったベリアルは海苔の上に米を広げ、具を乗せていく。
横の皿にはできあがった物がすでにあった。
CMやコンビニで見かけたアレか、と納得するが、てっきり買うものだと思っていた。
手際よく綺麗に巻き上げられていく。
「黒くて太い方がオレで、貧相な方がサンディだよ」
「おい、妙な言い方をするな」
「間違ってないだろう?」
示した先は既にできあがった物だった。
確かに、二つ並ぶそれは片方は様々な具が巻かれた太巻きで、もう一つは少し形の歪な細い物だった。
サンダルフォンに視線を向ければ、随分と疲れ切った表情をしている。
グランが帰宅するまでにも散々からかわれたのだろう。
それでもちゃんと付き合っている辺りが律儀だな、と感心する。
「キミも作ってみるかい?」
魅力的な誘いに、ぱぁっと表情を明るくさせた。
「エビ玉子キュウリアボカドツナマヨ……カニカマまで入れるのかい、案外欲張りだねぇ」
「えーそう?」
ベリアルに作り方を教わりながら、並べた具を欲張りと評される。
先に作られている海鮮の巻かれた物の方がよほど贅沢ではないだろうか。
考えながらも、ぐるりと巻いて形を整えれば。
「上手じゃないか、サンディよりイイ出来だ」
自分好みの具を入れたのでとても美味しそうに思えた。
「じゃあオレはサンディのかわいいのをいただこうかな」
「ちょっと待て」
サンダルフォンの言葉を無視し、幾分くったりとしたそれを掴んで一口食べた。
「すじこうまぁい」
「それは俺のすじこだ!」
細い中身はすじこのみだったのかと理解する。
うっすらと口元に笑みを浮かべ、半分ほどになったそれをサンダルフォンの口へと持っていく。
文句を言う為に開いた口にねじ込んだ。
「むっ、うぅ……」
「零れてる」
端から落下しかけたすじこを指で掬う。
赤いそれにためらいもせず食いついた。
「処女膜でも破れたみたいだなサンディ」
どん、と握った包丁をベリアルが作った太巻きに突き立てた。
怒りの滲む表情で。
「俺がお前の太巻きを切り刻んでやろう」
「サンディ手ずから切ってくれるなんてありがたいね、そのかわいいお口にぶち込んであげようか?」
一口大に切っていく姿をニヤニヤと眺めている。
その目の前で一つ掴み、噛み千切るような勢いでサンダルフォンは口にしたのだが。
「……うまい」
敗北感たっぷりの声を漏らした。
「お口にあったようで何よりだよ」
言いながらベリアルも一つ手に取った。
あ、そうだ味噌汁もあるんだよ、なんて言葉が遠く感じる。
「ほら、キミも。他にも作るからどれがいい?」
断面の綺麗なそれが目の前に差し出される。
そこで、はっとした。
「ちょっと待って、恵方向くんじゃないの?」
「さぁ?」
「そもそも切っちゃだめなんじゃないの?」
「食べ辛いじゃないか」
グランの問いにどちらもしれっと返す。
「厄除けなんて言うけど、オレ自身が鬼だったらどうする?」
もう既に家の中だ、と笑う。
それに再び、包丁を握って。
「お前ごと食い尽くしてやるから覚悟しろ」
「それは頼もしい限りだ」
どこか珍しい、穏やかな笑みを浮かべていた。
「キミぐらい食べてくれると作り甲斐があるね」
グランがリクエストすれば、次々と巻き寿司を作っていった。
その半分にも満たない量でサンダルフォンは食べるのをやめている。
「サンディもういいの?おっきくなれないよ?」
「今更成長なんぞするか」
からかう声にうんざりと言葉を返す。
それに追い打ちをかけるように。
「デザートはロールケーキだよ、一人ノルマ一本」
「え?」
「は?」
歓喜と絶望の声がそれぞれ溢れたのだが。
「うそうそ、みんなで分けようね」
用意した米と具を使い切り、ベリアルが満足そうに笑う。
その後、言葉通り出てきたロールケーキは切り分けられたが、大半がグランの腹へと収まった。
リビングのこたつへと移動し、サンダルフォンが煎れたコーヒーを飲みながら。
「そう言えばコーヒーも豆だな」
「え、そのままは食べないよね?」
「チョコになったのがあるだろう?」
苦そうだと顔をしかめるグランに、君にはまだ早いかな、とサンダルフォンが告げた。
手にした豆がパキリと音を立てて砕けた。
これを、いくつ食べろと言うのか。
浮かべた笑みは、闇に溶けていった。